まひろと道長、それぞれの理想
I:まひろが文字を教えていた庶民の子たね(演・竹澤咲子)ですが、まひろの屋敷に来なかったので、まひろと乙丸(演・矢部太郎)がわざわざ訪ねていきます。野良仕事をしているたね。そしてたねの父(演・平田理)が「うちの子は一生畑を耕して死ぬんだ。文字なんかいらねえ」「俺らはあんたらお偉方の慰みものじゃねえ」とまひろに怒りをぶつけます。
A:まひろは、「文字の読めない人を少しでも少なくすることです」という理想を掲げていましたが、打ち砕かれた形です。無理もありません。たねが文字を読めるようになっても、それで立身できるような社会ではないのですから。
I:それだけ身分の格差は顕著だった時代ですね。平安時代の物語では得てして王宮内の華やかな場面にのみ注目が集まりますが、庶民の暮らしぶりにも触れてくるのは、さすが大河ドラマ。こうしたシーンに触れると、農民層から天下を獲った木下藤吉郎秀吉の出現まで500年以上かかったんだなと、しみじみ思います。
A:理想を掲げるということでいえば、道長も兄道隆に検非違使庁の改革案を出しました。死刑がない時代とよく言われる平安時代ですが、第9回で直秀(演・毎熊克哉)が鳥野辺で人知れず「殺害」されたように、死刑が「ないのにある」という不条理なことがまかり通っていたようです。
I:第11回の「高御座の生首騒動」をなかったことにしたように、「ないのにある」「あるのにない」としてしまう時代だったんですね。
A:そうした中で、貴族社会の頂点を極めた藤原兼家が世を去ります。出家した法体で、雨に濡れ、反橋の上で息絶えていました。
I:それを道長が抱きかかえます。これまで何度か感じましたが、死穢をも恐れぬ姿は、道長はこれまでの貴族とは違うという暗示なのでしょうか。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。「藤原一族の陰謀史」などが収録された『ビジュアル版 逆説の日本史2 古代編 下』などを編集。古代史大河ドラマを渇望する立場から『光る君へ』に伴走する。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2024年2月号の紫式部特集の取材・執筆も担当。お菓子の歴史にも詳しい。『光る君へ』の題字を手掛けている根本知さんの仮名文字教室に通っている。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり