文・絵/牧野良幸

NHKの連続テレビ小説『らんまん』が人気を得ている。モデルは植物学者の牧野富太郎だ。

NHKさん、ありがとう。牧野富太郎をモデルにしたドラマを作ってくれて。僕の名字は「牧野」である。「牧野」つながりで非常に嬉しい。

僕にとって牧野富太郎は小さい頃から重要な人物だった。それは今から50年以上も前——昭和40年代であるが——小学生の時、自分と同じ名字の偉人を探した。その時、牧野富太郎という植物学者を知ったのだった。

さっそく小さい脳みそに牧野富太郎という名前をストックした。級友と名字の話題が出たら、この植物学者のことを披露するつもりだった。

あれから半世紀以上が過ぎた。残念ながら、その間に僕が牧野富太郎の名前を口にする機会は一度もなかった。誰からも牧野富太郎のことをふられない。テレビや雑誌で牧野富太郎のことを見た覚えもない(僕が見逃しただけかもしれないが)。

牧野富太郎って有名な人ではないのかな? 

この疑問は昭和から平成、令和と50年以上かけて僕の中でじわじわとふくれあがり、還暦を過ぎた時、ついに結論に達した。

この人は植物学界だけで有名な人ではあるまいか。ウィキペディアには載っているけど、福沢諭吉や坂本龍馬ほどには知られていない。このまま牧野富太郎のことは口に出さずに、残りの人生を生きていこう、と。

そこに今回の『らんまん』である。偶然であろうが、僕が諦めたのを待っていたかのようにNHKがドラマ化した。インターネットでは毎日、牧野富太郎という活字が目につく。こんなこと今までなかった。「牧野」つながりをあらためて喜んでいる。

前置きが長くなった。今月の映画はその牧野富太郎に関係のある映画である。

『黄金花-秘すれば花、死すれば蝶-』。2009年公開の映画だ。これは鈴木清順映画の美術監督などで有名な木村威夫が91歳でメガホンを取った作品だ。原案と脚本も木村威夫によるもの。

主人公は牧草太郎(原田芳雄)という植物学者。名前の由来はもちろん牧野富太郎であろう。しかしこの映画は内容においては牧野富太郎とは関係がない。

舞台は老人ホームの「浴陽荘」。そこに入居する植物学者の牧博士と、さまざまな過去をもつ老人たちの話である。

牧草太郎は「浴陽荘」に入所して10年、その日は80歳の誕生日を祝うお茶会が行われることになっていた。そのお茶会の前に、牧は裏山の泉で黄金色に輝く妖しい花を目撃する。

「ありゃ、なんじゃ?」

牧はさっそくデジカメで写真を撮るが、カメラのモニターには写っていない。不思議だ。

その出来事のあと、牧と老人たちがテレビを見ていると、ヒマラヤの聖女の番組が流れる。ヒマラヤ聖女の推定年齢は230歳。

老人たちは信じられないという反応をするが、牧だけは画面に釘付けになる。そして聖女の横に、光輝く不老不死の花を見つけたのだ。ホームの裏山で見たあの花だ。

「黄金花じゃ! ほら!」

牧はテレビを指差して叫ぶが、他の老人たちには見えない。

「先生、大丈夫ですか?」

黄金花を目撃して以来、牧には青年時代の記憶が脳裏に蘇るようになる。その時に恋人だったと思われる美女も現れる。

牧が過去の記憶に囚われて内省的なのと対照的に、老人たちはコメディア・デラルテ(※)のように騒々しい。

演劇のセリフをいつも口にしている役者老人(川津祐介)、若い頃に多くの男性に愛されたことを自慢する小町婆さん(松原智恵子)。他にも易者老人、質屋老人、物理学者老人、板前老人、ピーナッツ老人、おりん婆さん、おなお婆さん。それぞれが特有の性格を持つ。

やがて牧草太郎は太平洋戦争後、焼け跡の日本に飛び込む。回転する舞台上にビニールシートで作られた装置はヤミ市を連想させる。

「あの時代が蘇る、生きるか死ぬか」

アメリカ軍のMPがいて、男を誘う女がいて、敗残兵がいて、ヤクザ、ピエロがいて。そこに若き牧青年もいた。

「戻ってきたんだ」

牧はダンディーなスーツ姿になって(原田芳雄だから非常にサマになる)、まだ若い老人ホームの仲間たちの元を訪れる。

若き小町婆さんのいるクラブではホステスに囲まれて酒に溺れる。しかし牧には失った恋人の姿しか見えない。牧は恋人に導かれるように倒れた。その周りで踊る老人ホームの仲間たち。画面が現実世界に戻ると、そこには牧博士の亡骸が横たわっていた。

この映画では論理性は希薄だ。牧が遭遇する不可思議な世界も、老人たちの行動も不条理な感じをあえて隠さない。その点では演劇に近い。

DVDの特典映像で木村監督はフェリーニの『サテリコン』を例にあげ、これは論理的、文学的なシナリオの映画ではなく、美学的な映像の配列の映画、というようなことを述べている。十代で映画界に飛び込み、長きにわたって映画人生を駆け抜けてきた木村威夫ならではの手法だろう。ただ一見すると実験的でも、深いところで木村威夫の体験が地下水のように流れているのがわかる。

この映画を牧野富太郎関連の作品とするならば、『らんまん』と同じく僕にとって「牧野」つながりの映画である。

「牧野」つながりといえば、小学生の時、牧野富太郎のほかに、もう一つ僕は「牧野」つながりを見つけていた。

それが牧之原台地。知っていますか? 静岡県にある地名です。これも「牧野」つながりの会話があったら使おうとストックしていたが、まだ一度も口にしたことがない。NHKは牧之原台地を舞台にしたドラマを作ってくれないだろうか。

※:役柄を示す仮面や衣装を着けた俳優が演じる即興喜劇。16世紀イタリアに起こり、17世紀ヨーロッパで流行、その後の喜劇に大きな影響を与えた。(デジタル大辞泉)

【今日の面白すぎる日本映画】
『黄金花-秘すれば花、死すれば蝶-』
2009年
上映時間:79分
監督・脚本:木村威夫
出演:原田芳雄、松坂慶子、川津祐介、松原智恵子、三條美紀、麿赤兒、長門裕之、ほか
音楽:川端潤

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp

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