文・絵/牧野良幸
渡哲也さんが8月に亡くなられた。前回の『時代屋の女房』では数年前に鬼籍に入られた実弟の渡瀬恒彦さんを惜しんだばかりなのに、渡哲也さんも亡くなられてしまい、日本映画界はまたひとり名優を失った。
そこで今回は渡哲也さんが出演した映画『東京流れ者』を取り上げる。1966年(昭和41年)の日活映画だ。
渡哲也というと、1970年代から1980年代にかけてのテレビドラマ『大都会』シリーズの黒岩刑事や、『西部警察』シリーズの大門刑事の印象が強い方も多いだろう。僕もそうだ。あのサングラス姿はカッコよかった。
しかし『太陽にほえろ!』の石原裕次郎が日本映画全盛時の裕次郎とは違うように、渡哲也も脂の乗り切った『大都会』や『西部警察』と、日本映画全盛時の頃では違う。『東京流れ者』ではデビューしたばかりのみずみずしい渡哲也を見ることができる。
『東京流れ者』で渡哲也が演じるのは、芸名と同じく“哲也”という若いヤクザ。その世界では「不死鳥の哲」と呼ばれる男である。
哲は、他のヤクザが黒系のスーツのなか、ひとり水色のスーツに白い靴。いかにも映画的な格好だ。それもそのはず、この映画の監督は鈴木清順なのである。映像に独特の色彩感覚を持ち込んだり、人工的なセットをあえて使用したりと随所にこだわりの映像を見せる。
たとえば作品はカラーなのに導入部は白黒である。波止場で哲が敵対する大塚組に痛めつけられるシーン。まずはハードボイルドなモノクロームでヤクザの世界を印象付ける仕掛けなど、いかにも鈴木清順らしい。
そんな“鈴木清順ワールド”で「不死鳥の哲」が活躍するのが『東京流れ者』だ。
哲は倉田組に属していたが、親分の倉田は組を解散した。それでもなお敵対する大塚組から倉田が所持するビルやクラブを狙われている。倉田を慕う哲は、倉田を助けるために大塚組に乗り込むが対立はエスカレートするばかり。それくらい大塚組は哲を恐れていた。波止場で哲を痛めつけたのもそのためだ。
「やつは三度ころんで駄目だとわかると、きっとハリケーンを吹かす男だ」
こう大塚組は警戒する。確かに長身の渡哲也が演じているから、たとえ水色のスーツでなくとも哲は目立つしオーラがある。 哲が「今はまともな人間」と恋人の千春(松原智恵子)に言っても、大塚組が目を離すことはなかった。ついに哲は、自ら身を引いて東京を離れることにした。
映画ではこういった場面で渡哲也が歌う「東京流れ者」が流れる。まことに昭和らしい曲だが、とても身に染みる。僕が歳をとったせいなのか、はたまた渡哲也の歌声がいいからなのか。
歌といえば、哲はクラブ歌手の千春に愛されていたが、千春とは一線をこえようとしない。今回も何も言わずに姿を消してしまうのだった。千春のようないい女から離れていく哲を、男として納得してしまうのは、哲の純潔さのせいだろう。渡哲也はアクションだけでなく純愛路線でも名優だ。これは同じ年に吉永小百合と初共演し、被爆した青年の役を演じた『愛と死の記録』を見ても明らかである。
さて雪国に流れていった哲。しかしここにも安住はない。鈴木清順の描く美しい雪景色のなか、地元の抗争に巻き込まれる。哲を追ってここまで来た千春をまたも振り切って、哲が向かうのは長崎の佐世保だった。
佐世保で哲をかくまうのは梅谷という男だ。しかしその頃、倉田は哲を裏切っていた。晢を殺すことを条件に大塚組と手打ちをしたのだ。倉田は梅谷に哲の殺害を命じるが、逃げ延びた哲は倉田の裏切りを確かめるために東京に戻った。
映画のクライマックスはクラブでの大塚組との対決。鈴木清順のシンプルにして幻想性のある大胆なセットの中、銃撃戦のすえ哲は大塚組を倒す。倉田も哲をうらぎった罪の意識から自害してしまう。残った哲と千春は抱き合った。これでめでたしめでたしと思ったら、やはり最後は日活アクションらしい終わり方である。
「流れ者には女はいらねえんだ」
「哲也さん!」
千春が涙にくれるなか、哲は夜の闇へと消えていった。そこに「東京流れ者」が流れてエンディング。
このように、映画のどこを切っても男気のあふれる渡哲也である。しかし水色のスーツ姿に、どこか初めて学生服を着た中学生のようなフレッシュさを感じるのは僕だけだろうか。渡哲也の少年のような瞳がそう思わせるのだと思う。渡哲也の甘いマスクには、キラキラと輝く少年の目が宿っているのだ。
渡哲也は生前から優しくて思いやりの深い人と言われていたが、たとえアクションをこなしていても優しさがにじみ出ていた。この瞳をもう見られないと思うと寂しい。あらためて渡哲也さんのご冥福をお祈りします。
【今日の面白すぎる日本映画】
『東京流れ者』
公開:1966年
製作・配給:日活
カラー/83分
出演者:渡哲也、松原智恵子、川地民夫、二谷英明、 郷鍈治 、ほか
原作・脚本:川内康範、監督: 鈴木清順、音楽: 鏑木創
主題歌:渡哲也「東京流れ者」
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp