テレビドラマや舞台、映画やCMなど数々のメディアを横断して活躍し続けている俳優の光石研さん。今年6月には12年ぶりの単独主演映画『逃げきれた夢』が公開され、60歳を越えてますます活躍の場を広げています。そんな光石さんに、インタビュー前編では本作出演にあたっての意気込みや思いについて伺いました。

還暦を迎え、演じたのは人生を見つめ直す定年間近の教頭役

――「逃げきれた夢」は光石さんにとって、『あぜ道のダンディ』以来、12年ぶりの映画単独主演作となりますが、どんな向き合い方をしたのでしょうか。ご自身で時の流れを感じることはありましたか。

この映画に関しては主演とかなんとかっていう思いは全然、なかったです。何か背負ってしたことはまるでなくて。前回の『あぜ道のダンディ』以上にもっともっと小さな、どこにでもあるお話ですから。気負って何かしたことってほとんどまるで、ないんです。

先ほど12年前の記事を見て、あの時はまだまだギラギラしていたなって思いました。「うわ。今はこんなになっちゃった」って、ちょっとショックでしたね。

やっぱり、還暦を過ぎましたからね。40から50代のときも、多少は年を取ったなって思いがあったんですけど、60歳を迎えると違いますね。還暦って響きもちょっと感慨深いところがありました。あれは僕が小学校1年生だったかな。ひいおじいちゃんの還暦パーティーに家族みんなで行ったんです。そしたらもう、すごいおじいちゃんだったんですよ。赤いちゃんちゃんこを着て、頭巾をかぶって、「ザ・おじいちゃん」って感じで座っていて。だから、自分が「そんな年になったか」とは思いますよね。今とは時代が違うし、昔のおじいちゃんだから、かなりおじいちゃんなんですけど、それでもその年齢に自分がなったと思うとなかなか身に染みます。ただ、実感はあまりなくても自分からこの年齢を利用することはありますよ。現場に行って、「もう還暦なんだからさ、ちょっとは労わってよ」とかね(笑)。

――本作で演じた周平は北九州の定時制高校で教頭を務め、定年を前にさまざまなきっかけで自分のこれまでとこれからの人生と向き合う、心揺れる役どころです。

二ノ宮(隆太郎)監督が取材して、僕に当て書きしたものですから、とても等身大の僕に近い役柄なんです。台本を書いてくれた監督には感謝していますし、それを実現してくれたプロデューサー陣の方々には本当に頭が上がりません。

僕から「こういう風にしてほしい」と要望したことは一切なくて、たまたま僕が仕事で、故郷の黒崎に戻ることになった際に、監督から「いずれ映画にしたいので、ついていっていいですか」って言われたんです。それで、半日行動を共にして、その時に黒崎の街を紹介したのですが、台本にはずいぶんそれが映されています。 周平は病気のこともあって、仕事のことを含め、先々のことを計画性を持って進めたいと考えます。でも、世の中的にもそんなにうまくいく時代じゃない。僕らの世代は暗中模索といいますか、どういう風に進んでいけばいいのか、本当に分からない。僕だって職業柄、先が見えないですし、周平もそうだと思ったんですね。僕も周平も先々がわからない。わからないことをわからないまま、霧の中を歩くようにやったんです。

――光石さんは周平のことを「可笑しくも哀しい老年期に差し掛かった男を、失笑してやってください」とコメントしていますね。

やっぱり、体のどこかが痛かったりすると、自分も老年期に差しかかってきたんだなと思います。同世代の仲間とご飯に行ったりすると、体の話から、親問題の話になり、貯蓄の話になり、最後はお墓の話になるみたいな。そういう歳になってきたんだなってすごく思いますね。

作品の舞台は自分の故郷。役柄、共演者のおかげでリアルな自分を重ねて演じられた

――地元が舞台の映画で、主人公を演じた気持ちはどうだったでしょうか。

まさか18歳まで住んで遊んでいた自分の生まれ故郷の黒崎で芝居をするとは思ってもみなかったので、いろいろと思うことがありましたね。ただ、もっと感傷に浸るのかなと思っていたのですが、あまりにも時間が経ちすぎているせいか、そうでもなくて。意外と楽しくできました。

――今回の役作りで、特に難しかった箇所はありますか。

娘がいないので、20代の娘との接し方がわからなかったです。きっと、周平のように、いてもわからないんだと思うんですよ。そのわからなさが、僕のわからないことと相まって、わからないというままでやっていいんじゃないかと思っていました。本作に関しては、どのシーンにも「ここが見せ場だ」というところがありました。本当に毎日、いろんな俳優さんが入れ替わり立ち替わり、道場破りのように来てくださって。お手並み拝見とばかりに一緒に絡んでいたんです。そこがものすごく面白かったし、刺激になりました。家族のシーン、生徒とのシーン、松重(豊)さん演じる友だちとのシーンも重要でした。それだけじゃなくて、僕にとっては本当に些細な、廊下を歩く、教室を覗く、立ち止まって話す、そういうシーン1つでもものすごく重要な気がしました。

――旧友の石田役で共演した松重豊さんとは同じ福岡県出身です。語らなくてもわかり合える、絶妙な距離感がリアルに感じられました。

映画に松重さんが出てくださったことはものすごくありがたいです。僕とのこれまでの関係があるから、出てくれたのだと思います。松重さんとは同郷ではあるんですけど、実は言葉はちょっと違うんです。博多弁と北九州弁は実際のところ、全然違うんですけど、それは2人にしか分からない。そのちょうどいい頃合いの、中間の言葉みたいなもので会話が成立しているんです。松重さんとのシーンはものすごくやりやすかったし、いいシーンになったんじゃないかなと思っています。 

後編では、光石さんの老いとの向き合い方についてお話を伺います。

●光石研(みついしけん)
1961年9月26日生まれ、福岡県出身。高校在学中に『博多っ子純情』(78)のオーディションを受け、主役に抜擢。以後、様々な役柄を演じ、映画やドラマ界、舞台などで幅広く活躍。2016年には第37回ヨコハマ映画祭助演男優賞(映画『お盆の弟』(15)・『恋人たち』(15))、2019年には第15回コンフィデンスアワード・ドラマ賞 主演男優賞(「デザイナー 渋井直人の休日」(TX))、出身地の北九州市より市民文化賞を受賞。近年は『青くて痛くて脆い』、『喜劇 愛妻物語』(20)、『バイプレーヤーズ~もしも100人の名脇役が映画を作ったら~』、『マイ・ダディ』(21)、『おそ松さん』、『異動辞令は音楽隊!』(22)、『波紋』(23)などがある。

●光石研さん主演映画

『逃げきれた夢』

6月9日(金)より新宿武蔵野館、シアター・イメージフォーラムほか全国ロードショー
光石研
吉本実憂 工藤遥
坂井真紀
松重豊
監督・脚本:二ノ宮隆太郎
制作プロダクション:コギトワークス 配給:キノフィルムズ (c)2022『逃げきれた夢』フィルムパートナーズ
公式サイト:https://nigekiretayume.jp/

取材・文/高山亜紀 撮影/小倉雄一郎(小学館) スタイリング/上野 健太郎 KENTARO UENO 
ヘアメイク/大島 千穂 CHIHO OHSHIMA
衣装/ジャケット、ニット、パンツ/全てFUJITO(Directors TEL:092-733-3997) シューズ/スタイリスト私物

 

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