忘れられない夏目広次を演じた甲本雅裕さん。(C)NHK

編集者A(以下A):『どうする家康』で夏目広次を演じている甲本雅裕さんは、2004年の『新選組!』以来の大河ドラマ出演になります。19年前の作品になりますが、甲本さんが演じたのは、新選組四番隊長松原忠司。近藤勇、土方歳三、沖田総司などと比べたら地味な存在ですが、自らが斬った長州藩士仙波甲太郎の妻に思いを寄せるという設定でした。

ライターI(以下I):繊細に揺れ動く心情を、微妙に変化する表情であらわす絶妙な演技だったことを記憶しています。新選組隊士としての殺陣も迫力あるものでした。

A:仙波甲太郎を斬った場面、仙波に頼まれて財布を仙波の妻に届ける場面、そして、仙波の妻に心惹かれる場面など、甲本さんの表情とともに記憶の襞(ひだ)から鮮明に浮かび上がってきます。

I:その甲本さんが『どうする家康』で取り組んだのが、夏目広次という役柄です。家康の家臣団まで調べ尽くした歴史ファン以外にはあまり知られていないけれども、実は重要な人物です。

A:第1回から松平元康(家康/演・松本潤)からなぜか名前を間違えられるという設定でした。夏目広次がどういう人物なのか知っている人は、演出上の伏線だろうと思ったでしょうが、まっさらな状態で見ている人は「なんで家康はこんなにこの家臣の名前を間違えるんだろう」と思ったかもしれません。

A:それがすべて今週の第18回の伏線だったわけです。松平竹千代とよく遊んでいた夏目吉信(後に広次)、織田方に捕らわれるのを救えなかった吉信、一向一揆で離反したにもかかわらず許してもらえた吉信と展開されてきました。そうした中で、甲本さんの取材会が行なわれました。まずは、夏目広次という人物についての甲本さんのお話をどうぞ。

正直な話、役をいただくまで、僕は夏目広次について全く知りませんでした。名前を間違えられる場面は、もしかしたら現代の人からすると笑わせにかかっているんじゃないか、視聴者は、ギャグだと思うかもしれない、と捉えていました。ですから僕もどうやっておもしろくしようか考えたくらいです。ところが、途中の段階で、演出家から実はこういうことがあるんです、ということを教えてもらったんです。少し先まで脚本を読んでいたのもあって、これっていうのはもしかしたらものすごく重要なことなのかもしれないぞというふうに感じました。再三に渡って名前間違いがあったので、これを毎回ギャグにしてはいけないと思い、これはちょっと真剣に取り組まないといけないなと。もしかしたら何かあるかもしれないと、一か八かで真剣に臨んでいました。

I:今週の第18回の台本が甲本さんの手に渡ったのが、三河一向一揆についていた夏目広次が家康に許された第9回の撮影前日だったそうです。

あのシーンの前日に僕は第18回の台本を読みました。松本潤君と撮影の朝、「読んだ?」「どうする、やべえよ」って言いながら第9回の撮影に入ったのを覚えています。撮影の際には、潤くんの目を見られなくて。僕と潤くんの間には、ドラマとは違うものが流れていました。俺はどうするべきか、俺はここに存在していいのか……言葉ではないものが彼との間にすごく飛びかっていました。それがよい雰囲気で皆さんに伝わっていたのならいいのですが。

A:家康の金陀美具足を身にまとい、身代わりになって討ち死にするシーンは、『どうする家康』前半戦屈指の感動シーンになりました。甲本さんはこの撮影にどのような思いで臨んでいたのでしょうか。

夏目にとってそういう行為はごく自然なことだと思って臨みましたけどね。現代では考えられない思考というか精神ではあると思います。夏目役を請け負った時に思ったのは、何がおもしろいんだろうとか、何を糧にこの役を演じればいいんだろうかと思ったのですが、この時代の戦国武将というのはどういう生き方をするものなのか、どういう死に方をするのかと考えると、最高の死に方に向かっていきたい、わだかまりをなくして死にたい、という思いがあったんじゃないかと思います。それはもしかしたら自己満足かもしれませんが、そういう考え方があるから、身代わりになることは夏目にとって当然のことだったように思います。

I:甲本さんの熱いお話はさらに続きます。三方ヶ原合戦の撮影前後の松本潤さんとのやり取りについて、「撮影の際に松本潤さんと相談しましたか」という質問に対して、こんなふうに語ってくれました。

ここをどうしようとか、ああしようという相談はしていません。なかったと思いますね。ただ、撮影の前に「全て、起きることに従おうと思う」ということをお互いに話しました。家で脚本を読んだり自分でいろいろ考えたりしている時は無数にいろんなことを想像しましたが、撮影に入った瞬間、真っ白になりました。「ああ、これはプランでやることじゃないな」と感じました。もしかしたら泣くかもしれないし、どうなるかわからないけど、とにかくやらせてもらえませんかと監督に伝えて、起きることに従って演じました。あのシーンに関しては、もちろん台詞通りには話しているんですけど、バランスだとか、段階を踏まえて構築していくというシーンではなかったです。

I:甲本さんのお話を聞くと、読者の方の中には、「事前にこの話、聞いておきたかった」という人もいらっしゃるかと思います。

A:甲本さんの話に接してから本編を見るか、それとも本編を見てから甲本さんの話を確認するか――。いずれにしても、撮影現場は演者それぞれの「熱い思い」に包まれているということですね。

I:そして、最後にこの話で当欄記事を締めくくりたいと思います。「甲本さんにとって家康とはどのような存在でしょうか」という問いに対する答えです。

ある意味、夏目、三方ヶ原というものがキーになり、家康は変わっていったんではなかろうかという思いがあります。この合戦を経てどんどん変わっていって、本当に周りとの共存を重視していくというか、家臣に対してもどんどん目を向けていく、目の向け方が変わってきたからこそ、無敵になったというのが家康なんじゃないのかなと思います。我について来い、ということだけではない、みんながいるから俺がいるんだ、みたいな家康になったんじゃないかと。最初は弱い人間だったからこそ、見えたものがあったんじゃないのかな。そこから天下を統一する男になる間に、ひとつひとつキーがあって、その中における三方ヶ原が家康にとって大きかったのかな、と僕なりに思います。夏目が死んだ後、なんじゃないかなっていう。三方ヶ原で夏目が死んだことで、家臣に対する見方も変わり、もっともっと強くなったんじゃないかと思うんです。それを、死んでしまった夏目は知らないという(笑)。

A:甲本さんは、討死のシーンが激しいアクションだったため、撮影直後に貧血で倒れてしまい、OKにはなったものの救急車で運ばれたそうです。

I:軽症だったようで、良かったです。

A:それだけ強い思いで撮影された「夏目広次討ち死にのくだり」――。もう一度見たくなりますね。

●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『日本はこうしてつくられた3 徳川家康 戦国争乱と王道政治』などを担当。『信長全史』を編集した際に、採算を無視して信長、秀吉、家康を中心に戦国関連の史跡をまとめて取材した。

●ライターI:三河生まれの文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2023年2月号 徳川家康特集の取材・執筆も担当。好きな戦国史跡は「一乗谷朝倉氏遺跡」。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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