文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1113316)に続いて、マイルス・デイヴィス・クインテット所属の4人のミュージシャンの「自伝読み比べ」を続けます。4人の自伝・評伝(実質的自伝)の刊行順を見ると、リーダーであるマイルスの自伝が最初で、以下ウェイン・ショーター評伝、ハービー・ハンコック自伝、ロン・カーター評伝の順となりますが、マイルスとロンには28年もの開きがあります。ロン・カーター評伝は最後なので、当然ながら前に出た自伝・評伝を参照しており、それらからの引用もいくつもありますが、興味深いのはそれらで書かれたエピソードについて、修正や種明かしをしている部分があること。共通の読者がいることを想定しているわけではないのでしょうが、当人としては、そこはとくに気になる部分、重要な部分だったということでしょう。


『マイルス・デイヴィス自伝(Miles: The Autobiography)』(原著発行1989年)
マイルス・デイヴィス、クインシー・トゥループ著/中山康樹訳/シンコーミュージック・エンタテイメント

『「最高の音」を探して-ロン・カーターのジャズと人生(Finding The Right Notes)』(原著発行2017年)
ダン・ウーレット著/丸山京子訳/シンコーミュージック・エンタテイメント

日本語版はマイルスが約500ページ、ロンが600ページ近くといういずれも大著。ロンの評伝の日本語版には原著発行後の2020年のインタヴューも掲載されていますので、合わせて読めば1920年代から現在にいたるモダン・ジャズの歴史が見通せます(マイルスは1926年生まれ)。


ロンの評伝にある、マイルス自伝の「修正」を紹介します(引用は上記日本語版より)。

マイルスとロンの最初の出会いについて

マイルス・デイヴィス自伝:クインテットの新しいメンバーを探しているときの話として

(前略)ずっと昔、1958年にニューヨークのロチェスターでやった時に楽屋まで来たロン・カーターという男を思い出した。ロンはデトロイト出身で、やはりデトロイトの出だったポール・チェンバースと知り合いだった。あのころのロンは、イーストマン音楽学校でベースを勉強していた。その後、彼をトロントで見たことがあって、オレ達がやっている音楽について、いろいろ話したこともあった。

ロン・カーター評伝:(要約)ロンがマイルスに最初に会ったのは、学生時代の1958年にロチェスターのイーストマン劇場でのショーを観たあと、同郷の知り合いでマイルスのバンド・メンバーであるポール・チェンバースに頼まれてポール、マイルス、ジョン・コルトレーンをクルマで駅まで送ったとき。次にロンがマイルスを観たのは1959年のトロントでのこと。(以下は引用)

ロンは楽屋に行って挨拶するのはでしゃばり過ぎていると感じ、そうしなかったと言う〈だって、なんて言えばいい? ミスター・デイヴィス、あなたの音楽が大好きです、かい?〉(一方、マイルスの自伝では楽屋でロンに会ったと書かれている)

時期にもズレがありますが、ずいぶん印象は異なり、ロン評伝ではマイルス自伝に比べてロンはぐっと若輩に感じられます。ジャズの大スターと11歳年下の駆け出しですから、これはおそらくロンの方が正しいのでしょう(なお、ポール・チェンバースはロンのわずか2年先輩)。わざわざマイルス自伝を紹介しているくらいですから、この事実はロンにとっては重要なことという認識なのでしょう。

1964年2月12日のコンサートについて

マイルス・デイヴィス自伝:

(前略)慈善コンサートがノー・ギャラなのが気に喰わない奴もいた。すごく良い奴で評判も良いし、つまらん迷惑をかけたくないから、名前は言わない。だが、そいつは、〈なあ、オレの金をくれよ。そこから自分で好きなだけ寄付するからさ。慈善コンサートなんて嫌だぜ。マイルス、オレはお前ほど稼いじゃいないんだ〉と言っていたんだ。話し合いは行ったり来たりしたが、結局、今度だけは演奏するということで、全員が落ち着いた。

ロン・カーター評伝:

〈(前略)マイルスからこの公演はCORE(人種平等会議)のためのベネフィット・コンサートとして行なうので、収益金は全額寄付すると告げられたんだ。大義名分は理解したが、バンドになんの相談もなく決められてしまったことに私はどうも納得が行かなかった。それで彼に言ったんだ。“人の金をその人間の許可なく渡すことは許されないよ”と〉。(中略)マイルスは聞いた。〈どこへ行くんだ?〉〈家さ!〉(中略)マイルスはロンにいくら欲しいのかを尋ねると、メンバー各自に小切手を切った。(中略)〈私にとって問題だったのは金じゃなく、物事の道理だった。彼はバンドに金を払うことに同意した。〉

このコンサートは、ニューヨークのフィルハーモニック・ホールで行なわれたもの。マイルス自伝ではこのゴネたメンバーの名前は伏せられていますが、このときのバンドは年長順にジョージ・コールマン(テナー・サックス、ウェイン・ショーターの前任/マイルスより9歳年下)、ロン(11歳年下)、ハービー(14歳年下)、トニー(19歳年下)というメンバーですから、まあジョージかロンだろうと推測されます。そこでロンはあえて自分から名乗り出たわけです。ノー・ギャラを承服しなかったというのは事実であっても、マイルス自伝では、ロン評伝から受ける印象とは正反対の嫌なやつですから、黙っていられなかったのでしょう。なお、このコンサートはライヴ録音され、『フォア・アンド・モア』『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』(ともにコロンビア)という2枚のアルバムになっています。素晴らしい演奏として知られていますが、こんな裏話があったんですね。

なお、話にはそれぞれ続きがあります。

マイルス・デイヴィス自伝:

だから演奏が始まる時には、みんなカッカしていた。その怒りが火をつけて、バンドに緊張感が漲った。たぶんそれが、全員があんなにも力強い演奏をした理由だったんだろう。

ロン・カーター評伝:

誰も金額を聞かなかった。そしてバンドが紹介されるのを待ち、満員の観客が待つステージに向かったのさ。

うーん、たしかに緊張感あふれる力強い演奏ですが、カッカしていたのはマイルスだけだったのかも。マイルス(とクインシー・トゥループ)はかなり話を盛るタイプ……?

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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