文/池上信次
今回のテーマは「年齢」。ジャズは「時代」とともに歩んできた音楽であり、また演奏者の個性が音楽を作るので、グループで活動するミュージシャンにとってバンド・メンバーの年齢差=世代の違い=音楽観の違いは、そこで作られる音楽に大きな影響を及ぼしているものと思います。多くのロック・グループのように、固定メンバーだからこその音楽もありますが、ジャズではそれは少数派(モダン・ジャズ・カルテットやデューク・エリントン・オーケストラという例はありますが)で、極端にいえば、バンド・メンバーが変わることによって音楽が進歩してきたと見ることもできます。
では実際にはどれくらいそれが影響していたのか。マイルス・デイヴィスのバンド・メンバーの変遷を「年齢」でまとめてみました。リストアップしたのは、マイルス・デイヴィスの1955年の最初のクインテットから、没する91年までのレギュラー・グループのおもなメンバー33人(臨時メンバー、アルバムのみの共演者は除く)。項目は、生年/マイルスとの年齢差/バンド加入年/加入当時の年齢、です。なかなか興味深い事実が見えてきますよ(年齢は誕生日を考慮しない年単位で計算)。
ミュージシャン | 生年 | 年齢差 | バンド加入年 | 当時の年齢 |
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マイルス・デイヴィス | 1926年 | |||
レッド・ガーランド(ピアノ) | 1923年 | 3 | 1955年 | 32歳 |
フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラムス) | 1923年 | 3 | 1955年 | 32歳 |
ジョン・コルトレーン(サックス) | 1926年 | 0 | 1955年 | 29歳 |
キャノンボール・アダレイ(サックス) | 1928年 | -2 | 1958年 | 30歳 |
ビル・エヴァンス(ピアノ) | 1929年 | -3 | 1958年 | 29歳 |
ハンク・モブレー(サックス) | 1930年 | -4 | 1961年 | 31歳 |
ウェイン・ショーター(サックス) | 1933年 | -7 | 1964年 | 31歳 |
ジョージ・コールマン(サックス) | 1935年 | -9 | 1963年 | 28歳 |
ポール・チェンバース(ベース) | 1935年 | -9 | 1955年 | 20歳 |
ロン・カーター(ベース) | 1937年 | -11 | 1963年 | 26歳 |
ソニー・フォーチュン(サックス) | 1939年 | -13 | 1974年 | 35歳 |
ハービー・ハンコック(ピアノ) | 1940年 | -14 | 1963年 | 23歳 |
ゲイリー・バーツ(サックス) | 1940年 | -14 | 1971年 | 31歳 |
チック・コリア(キーボード) | 1941年 | -15 | 1967年 | 26歳 |
ジョン・マクラフリン(ギター) | 1942年 | -16 | 1970年 | 28歳 |
ジャック・ディジョネット(ドラムス) | 1942年 | -16 | 1969年 | 27歳 |
アル・フォスター(ドラムス) | 1943年 | -17 | 1972年 | 29歳 |
ピート・コージー(ギター) | 1943年 | -17 | 1973年 | 30歳 |
キース・ジャレット(キーボード) | 1945年 | -19 | 1970年 | 25歳 |
トニー・ウィリアムス(ドラムス) | 1945年 | -19 | 1963年 | 18歳 |
エムトゥーメ(パーカッション) | 1946年 | -20 | 1971年 | 25歳 |
デイヴ・リーブマン(サックス) | 1946年 | -20 | 1973年 | 27歳 |
デイヴ・ホランド(ベース) | 1946年 | -20 | 1968年 | 22歳 |
スティーヴ・グロスマン(サックス) | 1951年 | -25 | 1970年 | 19歳 |
マイケル・ヘンダーソン(ベース) | 1951年 | -25 | 1970年 | 19歳 |
ジョン・スコフィールド(ギター) | 1951年 | -25 | 1982年 | 31歳 |
マイク・スターン(ギター) | 1953年 | -27 | 1981年 | 28歳 |
レジー・ルーカス(ギター) | 1953年 | -27 | 1972年 | 19歳 |
ミノ・シネル(パーカッション) | 1957年 | -31 | 1981年 | 24歳 |
ビル・エヴァンス(サックス) | 1958年 | -32 | 1981年 | 23歳 |
マーカス・ミラー(ベース) | 1959年 | -33 | 1981年 | 22歳 |
ケニー・ギャレット(サックス) | 1960年 | -34 | 1987年 | 27歳 |
ダリル・ジョーンズ(ベース) | 1961年 | -35 | 1983年 | 22歳 |
まず気がつくのは、最初のクインテットのレッド・ガーランドとフィリー・ジョー・ジョーンズのほかは、すべて年下であること(コルトレーンは4か月年下)。まあ、リーダーとしてバンドを運営するとなれば、それは自然なことではありますが、とにかく、若い。しかも「常に」若いのです。
バンド加入時にもっとも若かったのがトニー・ウィリアムスの17歳(18歳になる年)。これはよく知られるところですが、ファンク路線に転換する70年代初頭のグループのスティーヴ・グロスマン、マイケル・ヘンダーソン、レジー・ルーカスの3人が19歳で加入していたというのには驚きです。当時マイルスは40代半ばですが、すでにジャズのカリスマ的存在でしたので、若者たちはさぞかしビビっていたことでしょう。81年の一時引退からの復帰バンドも、マーカス・ミラー、ビル・エヴァンスら20代のバンドでした(アル・フォスター除く)。
逆にもっとも年長で参加したのは、ソニー・フォーチュンの35歳。とはいえマイルスはフォーチュンの13歳年上ですから、それでも一世代若いのです。リストアップしたメンバーの加入時年齢の平均は26歳。もっともマイルスと年齢差のあるのは、ダリル・ジョーンズの35歳差。バンド・メンバーではないのでリストにはありませんが、91年の存命時には未完成だった最終作『ドゥー・バップ』を共作したラッパーのイージー・モービーは39歳年下です。マイルスがなにか新しいことを起こす時、そこには必ず「若いメンバー」がいるのです。
明らかにマイルスは常に「若さ」を意識していました。音楽を変えたからメンバーを変えたのではなく、メンバーが変わったから音楽が変わったのです。「若さ」こそ、絶え間なく変化し続けたマイルスのエネルギー源なのです。そして若者たちはまたマイルスから学び、巣立っていき、マイルスが(若者たちとともに)作った音楽が次の世代に伝えられてきたのです。ジャズの「次なる変化」の種は今も若さの中にあるのです。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。