よくよく考えてみますと、都会に住んでいる人たちにとって季節の変化は“感じ取るもの”から、情報によって“認知するもの”に変化しているように思います。特に春の訪れは、テレビや新聞、情報サイトなどから報じられる日本各地の開花だよりや春を呼ぶ行事からキャッチしているのではないでしょうか? ニュースで「偕楽園の梅が開花」とか「静岡で河津桜が見頃」などと聞けば、春を感じに出かけたくなる人も多いでしょう。

しかし、そんな春を知らせる情報とは関わりなく、冬眠をする動物や地中の虫たちは、微妙な気温や日照時間が徐々に長くなるのを感じ取り活動を始めます。昔の人たちは、動植物たちの微妙な変化を参考に季節の移ろいを感じ取っていたのでしょう。

古来より日本人は二十四節気を定め、季節を区分してきました。一年を24に分けることで、月日の移ろいを感じ取ってきたのです。自然に触れる機会が減り、季節の変化を感じづらくなった今だからこそ、二十四節気を軸にすることで、季節を愛でる機会を持つことができるのではないでしょうか。

さて今回は、旧暦の第3番目の節気「啓蟄(けいちつ)」について下鴨神社京都学問所研究員である新木直安氏に紐解いていただきました。

目次
啓蟄とは?
啓蟄の行事や過ごし方とは?
啓蟄に旬を迎える食べ物
啓蟄の季節の花とは
まとめ

啓蟄とは?

「啓蟄」とは、3月後半から4月前半にあたる二十四節気の一つです。「蟄(ちつ)」とは「虫が土の中にこもること」を、「啓(けい)」は「戸を開くこと」を意味します。そのため「冬ごもりをしていた虫が、暖かくなって地上に出てくる時期」という意になります。動物たちの目覚めは、長く続いた寒さが和らぎ、暖かな気候になってくることのあらわれということです。

二十四節気は毎年日付が異なりますが、啓蟄は例年3月5日〜3月19日になります。2023年の啓蟄は、3月6日(月)です。また期間としては、次の二十四節気の「春分(しゅんぶん)」を迎える、3月19日頃までが該当します。2023年は3月6日(月)〜3月20日(月)が啓蟄の期間です。

啓蟄の「七十二候」は、初候「蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)」、次候「桃始笑(ももはじめてさく)」、末候「菜虫化蝶(なむしちょうとなる)」です。それぞれの言葉がより具体的に「啓蟄」を表しています。「笑」と書いて「さく」と読ませることなどは興味深いですね。昔の人は「花が咲くこと」を「笑う」と表現していました。

また、この頃に鳴る雷は、立春後初めて鳴るものを指して「初雷(はつらい、はつかみなり)」と呼びます。初雷は、別名「虫出しの雷」です。というのも、雷鳴を聞いた虫が土中から這い出すと考えたからとされます。この時期でも年によっては雪になることもありますが、次第に日も長くなり、春の季節が始まっていることを感じさせてくれるはずです。

啓蟄の行事や過ごし方とは?

啓蟄になると「菰外し(こもはずし)」が行われます。「菰(こも)」とはイネ科の植物のこと。秋の末に、松木の幹に菰を巻き付け、冬を越すために下りてくる害虫を駆除するやり方を「菰巻」と呼びます。虫が冬になると枯れ葉の中などで越冬する習性を利用し、菰の中で越冬させ、春先の「啓蟄」に菰を取り外して焼却。こうして害虫を駆除していたとされます。

ただ、近年の研究によると、害虫駆除の効果がないと考えられており、今や一種の“風物詩”として行われているとも言われています。

啓蟄に旬を迎える食べ物

ここからは、啓蟄の時期に旬を迎える京菓子、野菜・果物、魚をご紹介します。

京菓子

わらび餅

万葉の時代から親しまれてきた山菜、わらび。『源氏物語』の「早蕨 (さわらび) の巻」で「君にとて あまたの春をつみしかば 常を忘れぬ初わらびなり」という歌が詠まれていることからもわかります。

春になるとわらびの若い茎を採取し、煮物、和え物、天ぷらなどにして楽しまれている方も多いのではないでしょうか。そんなわらびは、京菓子にも使われます。下鴨神社に神饌などを納める「宝泉堂」の社長・古田泰久さんに、詳しいお話をお聞きしました。

「当店(茶寮宝泉)では、啓蟄の時期になりますと、生菓子『わらび餅』を提供いたします。わらびは一般的に山菜として食されますが『わらび餅』で使うのは、わらびの根っこから採取する“わらび粉”です。

わらびの根を掘り起こす作業は冬の寒い時期に行なわれ、冷水で何度も洗って精製されます。そうした過程を経て作られるわらび粉ですが、10キログラムのわらびの根から採れるのはわずか300グラムほどと大変貴重なものです。

私たちがスーパーやコンビニで目にするわらび餅の多くは、本わらび粉をほとんど使用していないようです。『茶寮宝泉』の『わらび餅』は、希少な本わらび粉を使って生地を作ります。本わらび粉を水に溶き、鍋で琥珀色になるまで炊き上げます。その生地で餡を包み、きな粉をまぶして作り上げます。

一口食していただければ弾力のある食感とともに、わらび粉本来の素朴な甘さを感じていただけます」と古田さん。

社長の古田泰久さん。「茶寮宝泉」の入り口にて。

野菜・果物

啓蟄に旬を迎える野菜は、ワラビです。春に出る若芽の部分を山菜として食用とします。全国に自生しているワラビは『万葉集』でも取り上げられているほど、古くから日本人に親しみがある山菜です。

白和え、酢味噌和え、くるみ和え、マヨネーズ和えなど、好みの味で楽しめる春の食材です。お浸しや和え物にすると、わらび本来のぬめりと春の風味を楽しめます。手軽に、そばやうどんのトッピングや、味噌汁の具にもおすすめです。

また、啓蟄の頃に美味しい果物は、でこぽんです。柑橘類の一種で、頭部が凸(でこ)状に盛り上がっています。甘味と酸味があるでこぽんですが、正式な品種は「不知火(しらぬい)」であることをご存知でしょうか? 実は「でこぽん」は、不知火の中でも糖度13.0度以上、酸度1.0度以下などの基準を満たすもののみを指す商標名なのです。

全国的にこうした基準を設けている果物は他になく、日本で唯一「全国統一糖酸品質基準」を持つ果物でもあります。「デコポン」という名前そのものが、美味しさの信頼の証です。

啓蟄の頃に美味しい魚は、鰊(にしん)です。厳しい冬の寒さが過ぎた春に産卵魚が漁獲されたことから「春告魚(はるつげうお)」と呼ばれることも。春ニシンは産卵時期に北海道西岸に来遊するもので、栄養をたっぷり蓄えており、熟した卵巣は「数の子」として親しまれています。

食べ方は、塩焼きや蒲焼き、煮付け、マリネなど様々です。また身欠きや昆布巻き、丸干しといった加工品としても活用され、にしん漬けや塩辛、にしんそばなど、多様な食べ方をされます。

啓蟄の季節の花とは

啓蟄、つまり毎年3月5日〜3月19日頃は、虫たちが地上に出てくるような寒さが和らぐ時期です。虫とともに、植物も春の到来を感じ取るもの。ここからは、そんな啓蟄の訪れを感じさせてくれる植物をいくつかご紹介しましょう。

啓蟄の季節に咲く花といえば、桃です。日本で古くから栽培される桃は、この頃に淡紅色や白色、濃紅色の5枚の弁花を咲かせます。夏に実る肉厚な実が有名な桃ですが、花の観賞用の品種は「花桃(はなもも)」と呼ばれる種類です。桃の花は、その花の色から桜や梅と間違われやすいですが、花弁の先が尖っているのが特徴です。

また、菜の花も春にまぶしい黄色の花を咲かせます。「菜の花」と聞くと、河川敷や畑などに広がる一面黄色いじゅうたんの光景を思い浮かべますが、「菜の花」という種類の植物があるわけではありません。「菜の花」はアブラナ科の植物の総称のことです。そのため、アブラナ科アブラナ属であるキャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、ザーサイなどの花は、全て「菜の花」と言えます。

まとめ

冬ごもりの虫たちが地中から這い出る頃を指す「啓蟄」。少し見慣れぬ漢字のため言葉のイメージを持ちづらいかもしれませんが「虫が出てくる頃」という意味を知れば、身近に感じられるのではないでしょうか。一日ずつ春へと近づいていく日々。散歩をした際に周りを見渡せば、冬には感じられなかった虫や植物の息遣いが感じられるはずです。

監修/新木直安(下鴨神社京都学問所研究員) HP:https://www.shimogamo-jinja.or.jp
協力/宝泉堂 古田三哉子 HP:https://housendo.com 
インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto
構成/トヨダリコ(京都メディアライン)HP:https://kyotomedialine.com Facebook

 

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