蕗の薹

今年も厳しい冬の寒さは峠を越え、春の訪れが間近に感じられるようです。一年で初めて降る雪を「初雪」と呼ぶのに対して、最後に降る雪の呼び方は「終雪(しゅうせつ)」「雪の果て」「忘れ雪」「雪の名残(なごり)」「涅槃(ねはん)雪」など様々です。白い世界が溶け出し、草木が芽生えていくと、自然が色どり始めます。

古代から農業中心の生活をしてきた日本にとって、こうした季節の変化はとても重要なものでした。一年を春夏秋冬の4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けて区別したものが「二十四節気」です。旧暦の二十四節気を軸にすることで、普段見過ごしてしまうような季節への気づきを得ることができるのではないでしょうか。

さて今回は、旧暦の第2番目の節気「雨水(うすい)」について下鴨神社京都学問所研究員である新木直安氏に紐解いていただきました。

目次
雨水とは?
雨水の行事や過ごし方とは?
雨水に旬を迎える食べ物
雨水の季節の花とは
まとめ

雨水とは?

「雨水」とは、2月後半から3月前半にあたる二十四節気の一つです。「雨水」には「雪が“雨”に変わり、氷が解けて“水”になる」という意味が込められているとされます。

二十四節気は毎年日付が異なりますが、雨水は例年2月19日〜3月4日になります。2023年の雨水は、2月19日(日)です。また期間としては、次の二十四節気の「啓蟄(けいちつ)」を迎える、3月5日頃までが該当します。2023年は2月19日(日)〜3月5日(日)が雨水の期間です。

寒さがゆるみ、雪氷が解け始め、雪が雨に変わることを意味する「雨水」。山に積もった雪もゆっくり解け出し、田畑を潤します。この頃から農地に水が浸み込むため、「雨水」は農耕の準備を始める目安とされていました。雪解けや咲き始めた梅などが、春がすぐそこまで来ていることを感じさせてくれます。

雨水の行事や過ごし方とは?

「雨水」の行事といえば「ひな祭り」です。京都・下鴨神社では、3月3日に「流し雛(ながしびな)」を行います。境内に流れる御手洗(みたらし)川にひな人形を流し、子供たちの無病息災を祈る神事です。雛壇に飾られるきらびやかな衣装に対して、流し雛は色紙などの簡素なものが用いられます。男女2人の雛をさんだわらに乗せ、川に流すのです。

ひな祭りは、もともと災厄を祓うために人形(ひとがた)を身代にして、川や海に流す習慣が起源とされます。現在では川に流さず、ひな壇に飾って祝うのが一般的です。女の子が生まれたら無事大きく育つことを願うお祭りとなりました。また、桃の花を飾るため「桃の節句」とも呼ばれます。

もともと旧暦の3月3日(現行の太陽暦においては4月上旬頃)の行事でしたが、明治の改暦を経て、ひと月早まりました。そのため「桃の節句」とはいっても、桃の花の開花は間に合いません。

雨水に旬を迎える食べ物

ここからは、雨水の時期に旬を迎える京菓子、野菜・果物、魚をご紹介します。

京菓子

京菓子『下萌』

立春を過ぎ、春一番が吹くと木々の芽がほころび始めます。そんな中、雪間から顔を出すのは、蕗の薹(ふきのとう)です。蕗の薹は早春の趣を感じさせます。

季節ごとの花や自然の姿を愛でながら、季節の移ろいを感じる心は「京菓子」にも映し出されています。下鴨神社に神饌などを納める「宝泉堂」の社長・古田泰久さんに、雨水の時期に楽しめる京菓子について詳しいお話をお聞きしました。

「当店(茶寮宝泉)では雨水の時期になりますと、蕗の薹などの芽が膨らみ、地面が割れる様子を表現した生菓子『下萌(したもえ)』を提供いたします。

『茶寮宝泉』の『下萌』は、白餡に卵黄を加えて練った黄身時雨(きみしぐれ)という生地でこし餡を包み、蒸しあげたお菓子です。蒸しあげることで、表面が割れるように仕上げます。

口に入れるとふわっと割れるような口溶けに、来る春の息吹を感じていただけたら幸いです」と古田さん。

社長の古田泰久さん。「茶寮宝泉」の庭にて。

野菜・果物

雨水に旬を迎える野菜は、菜花(なばな)です。春の訪れを告げる菜花は、アブラナ科の野菜の蕾と茎、葉を食べます。独特のほろ苦さが魅力ですが、ゆでると甘味が出るため、お浸しや和え物などにするとおいしい食材です。

ちなみに「菜の花」と「菜花」の違いをご存知でしょうか? 「菜の花」はアブラナ科アブラナ属の植物の総称です。そのため、アブラナ科アブラナ属であるキャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、ザーサイなどの花は、全て「菜の花」と言えます。対する「菜花」はアブラナ科の“野菜”として出回っているものです。品種は様々ですが、一般的には、油菜・小松菜・チンゲン菜などの若い茎とつぼみを指します。

また、雨水の頃に美味しい果物は、イチゴです。ビタミンCも豊富で、そのまま食べられる手軽さが人気のひとつ。本来の旬は3月~4月頃の春後半ですが、ハウス栽培の技術や品種改良がされ、どんどん早まりました。今では、クリスマスムード高まる12月後半から1月位にかけて出荷量が増え、流通のピークは2~4月とされます。

生果としては、練乳やミルク、砂糖を加えて生食するのが人気です。また他にも、ケーキの材料や、加工品としてジャム・ジュース・シロップ漬けなどにも利用されます。

雨水の頃に美味しい魚は、ワカサギです。ワカサギはシシャモなどと同じキュウリウオ科の一種。極寒の中、氷の張った池や湖に出て、開いた穴から釣り糸を垂らして釣る「ワカサギ釣り」は、北海道や本州の山間部の湖の冬の風物詩となっています。

ワカサギを漢字で書くと「公魚」です。これは江戸時代、霞ヶ浦のワカサギを年貢の一部として幕府に献上したところ、大変喜ばれ、御公儀の魚(将軍家御用達の魚)とされたことに由来しています。産卵を控えた冬から春にかけてのメスは、子持ちで非常に味が良いです。から揚げや天ぷら、フライなどの揚げ物に加え、素焼きや佃煮などで食べられます。

雨水の季節の花とは

雨水、つまり毎年2月19日〜3月5日頃は、寒さが緩み、雪が解け始める時期です。ここからは、そんな雨水の訪れを感じさせてくれる植物をいくつかご紹介しましょう。

雨水の季節に咲く花といえば、沈丁花(じんちょうげ)です。早春に、紅紫色または白色の香りの強い花を咲かせます。ただ厳密には、花に見える部分は「がく」が花弁状に変化したもので、本来の花弁ではありません。「沈丁花」という名の由来は、花の香りを、沈香(じんこう)と丁字(ちょうじ)という2つの香料にたとえたものとされます。

また、河津桜(かわづざくら)も、まだ寒い雨水の頃に咲き始めます。ソメイヨシノに比べて、濃く明るいピンクの花びらが印象的な、早咲きの桜です。河津桜という名の通り、静岡県の河津町で発見されました。華やかな色合いで、春を先取りしているような花です。

まとめ

寒さが少しずつ緩むとともに、雪解けも進む季節である「雨水」。まだ寒さが残る中で、ほんの少しだけ春を感じることができます。身近な場所で、早咲きの花々や旬の食材を見かけるはずです。そういった小さな春を見落とさないよう、季節の移ろいを感じ取りたいものですね。

監修/新木直安(下鴨神社京都学問所研究員) HP:https://www.shimogamo-jinja.or.jp
協力/宝泉堂 古田三哉子 HP:https://housendo.com 
インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto
構成/トヨダリコ(京都メディアライン)HP:https://kyotomedialine.com Facebook

 

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