
今年も、厳しい冬の寒さは峠を越え、春の気配がすぐそこまで近づいてきました。
一年で最初に降る雪を「初雪」と呼ぶ一方、最後に降る雪には「終雪(しゅうせつ)」のほか、「雪の果て」「忘れ雪」「雪の名残」「涅槃雪」など、さまざまな呼び名があります。
白い世界がゆっくりとほどけていくように雪が溶け、草木が芽吹き始めるころ、自然は少しずつ彩りを取り戻していきます。
さて今回は、旧暦の第2番目の節気「雨水(うすい)」について下鴨神社京都学問所研究員である新木直安氏に紐解いていただきました。
雨水とは?
2026年の「雨水」は【2月19日(木)】にあたります。「雨水」は、雪が雨へと変わり、氷が解けて水となる時期を指します。
寒さがゆるみ、山々の雪解け水が川へ流れ込み、やがて田畑を潤す。そのため雨水は、古くより農耕を始める目安とされてきました。大地が目覚め、水がめぐり始める季節なのです。
七十二候で感じる雨水の息吹
雨水の期間は、例年【2月19日ごろ〜3月5日ごろ】。七十二候ではこの時期をさらに三つに分け、自然の細やかな変化を映し出しています。
初候(2月19日〜23日頃)|土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)
土の脉(しょう=大地の脈動)がうるおい起こるころ。凍てついていた土がゆるみ、春の水分を含み始めます。
次候(2月24日〜28日頃)|霞始靆(かすみはじめてたなびく)
靆(たなびく)とは、雲や霞が横に漂うさまをいいます。山野に春霞が立ちのぼり、遠景がやわらかくかすみます。
末候(3月1日〜5日頃)|草木萌動(そうもくめばえいずる)
萌(めば)え動くとは、草木が芽吹き始めること。地中で眠っていた生命が、静かに動き出します。
雨水を感じる和歌|言葉に映る雨水の情景
皆さま、こんにちは。絵本作家のまつしたゆうりです。小さな春の気配が芽吹き出すこの頃、今月は爽やかなこの歌をご紹介します。
石(いわ)走る 垂水(たるみ)の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも
志貴皇子(しきのみこ)『万葉集』1418
《訳》岩を流れ落ちる滝の上の、蕨の芽が萌え出る春になったんだなあ。
《詠み人》志貴皇子。天智天皇の第七皇子。わずか七首しか歌が残っていませんが、そのどれもが爽やかさや哀愁を感じさせる、やわらかで美しい歌です。
なんと爽やかな歌でしょう!

この歌に初めて触れた時、あまりにキラキラした景色に心が震えました。春の初め、まだ弱々しさもありながら少し光を増す日差しに、ほのかなぬくもりを含んだ風がさあっと吹く。
そのわずかな暖かさに誘われるように、「寒さなんてへっちゃら!」とばかりに、すっくと芽を伸ばしはじめた瑞々しい新芽。寒さに負けず息吹き始める若芽たちの姿に、不思議と元気が引き出される方は多いはず。
そんな春になるとどこでも見かけられるような何気ない景色を、こんな鮮度と彩度でギュッと歌に閉じ込められる、この感性に惚れ惚れしました。
この歌を詠んだのは、志貴皇子。母の位が低いこともあり、皇位継承権が高くなかったからか、本人の気質からか、彼の歌はどれもどこか控えめで上品な心地よさを感じます。そんな彼の系譜は、実は現在の天皇家へと続いているのです。
彼が生きた時代は、彼の父の弟である天武天皇が築いた天武朝まっただなか。その時代であれば、まさか1300年後に自分の子孫が天皇になるだなんて、思ってもみなかったかもしれません。人は無意識にも意識的にも、「自分の思い通りにしたい」と思いがちですが、意外と「あるがまま、流されるまま」過ごした方が「なんとなくいい感じ」に流れていくこともあるのかもなあ、と彼の人生を通して思います。
「何が何でもこうしなきゃ」「こうあらねば」の思い込み、お持ちではないですか? それは本当の自分の願いですか? 案外と、まわりの人の価値観に流されたり、子供の頃に植え付けられた固定観念だったりすることもあると思うのです。
かく言う私も、「ちゃんと会社に勤めなければ」と散々苦心したあげくに身体を壊して退職し、「もうこれしか出来ることがない!」と追い込まれてやっと、絵を描く仕事に踏み出せました。その「ちゃんと会社に勤めないと」というのは、親や学校で刷り込まれた「普通のいい子」の概念で、一生懸命合わせようと頑張ってみたけれど私には合わなかったんだなあと、歳を重ねるごとにしみじみ実感します。
本当の、自分らしい心からの願いは、自分の内側から湧いてくるものだから重くも苦しくもないはず。「自分の願いだ」と信じているものにどこか苦しさを感じたら、もしかしたら「自分ではないものの願い」を叶えようとしていないかを、そっと自分にたずねてみてください。心の中の小さなあなたがにっこり笑顔で答えられる返事を、どうか聞き逃しませんように。
「雨水を感じる和歌」文/まつしたゆうり
雨水に行われる行事|ひな祭りと祓いの心
「雨水」の行事といえば「ひな祭り」です。もともと災厄を祓うために人形(ひとがた)を身代にして、川や海に流す習慣が起源とされます。
京都・下鴨神社では、3月3日に「流し雛(ながしびな)」が行われます。境内に流れる御手洗(みたらし)川にひな人形を流し、無病息災を祈る神事です。雛壇に飾られるきらびやかな衣装に対して、流し雛は色紙などの簡素なものを使用。男女2人の雛をさんだわらに乗せ、川に流します。
現在では川に流さず、ひな壇に飾って祝うのが一般的です。女の子が生まれたら無事大きく育つことを願うお祭りとなりました。また、桃の花を飾るため「桃の節句」とも呼ばれます。
もともと旧暦の3月3日(現行の太陽暦においては4月上旬頃)の行事でしたが、明治の改暦を経て、ひと月早まりました。そのため「桃の節句」とはいっても、桃の花の開花は間に合いません。

雨水に見頃を迎える花
寒さの中にも、春を告げる花々が咲き始めます。香り高い沈丁花(じんちょうげ)や、早咲きの河津桜(かわづざくら)など、雨水のころに目にする花は、春の先触れともいえる存在です。
沈丁花
早春に紅紫色もしくは白色の強い香りを放つ花木。「沈丁花」の名は、沈香(じんこう)と丁字(ちょうじ)という香料にたとえたことに由来するといわれます。

河津桜
静岡県河津町で発見された早咲きの桜。濃い桃色の花が、まだ冷たい空気の中でひときわ鮮やかに映えます。華やかな色合いで、春を先取りするような花です。

雨水の味覚|旬を味わい、季節を身体に取り込む
雪解けとともに、春の味覚も顔を出します。ほろ苦さを持つ菜花(なばな)や、ひな祭りに用いられる蛤(はまぐり)など、雨水の食材は春の始まりを舌で感じさせてくれます。
野菜|菜花
春の訪れを告げる菜花は、アブラナ科の野菜の蕾と茎、葉を食べます。独特のほろ苦さが魅力ですが、ゆでると甘味が出るため、お浸しや和え物などにするとおいしい食材です。
ちなみに「菜の花」と「菜花」の違いをご存じでしょうか? 「菜の花」はアブラナ科アブラナ属の植物の総称です。そのため、アブラナ科アブラナ属であるキャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、ザーサイなどの花は、全て「菜の花」といえます。
対する「菜花」はアブラナ科の「野菜」として出回っているものです。品種は様々ですが、一般的には、油菜・小松菜・チンゲン菜などの若い茎とつぼみを指します。

魚介|蛤
ひな祭りや結婚式に用いられる蛤。二枚貝であるその殻は、もとの対(つい)でなければぴたりと合わないことから、「夫婦和合(ふうふわごう)」の象徴とされてきました。夫婦が生涯をともにする姿に重ねられ、古くより慶事の席に欠かせない縁起物です。
旬は春。産卵前の身はふっくらと厚みがあり、旨みを豊かに含みます。とはいえ、寒い時期の蛤も味わい深く、酒蒸しや煮貝にすれば、その澄んだ出汁(だし)がいっそう際立ちます。殻を開けば、春の訪れを告げる潮の香りが立ちのぼります。

京菓子|下萌(したもえ)
雨水の頃、土の下では確かに春が動き始めています。蕗の薹(ふきのとう)が地面を押し上げ、ひび割れた土から芽をのぞかせる…そんな早春の情景を写した生菓子が「下萌」です。
「下萌」は、白餡(しろあん)に卵黄を加えて練り上げた黄身時雨(きみしぐれ)の生地でこし餡を包み、蒸して仕上げます。蒸し上がりに自然と表面がほろりと割れ、そこに芽吹きの力強さを託します。

写真提供/宝泉堂
まとめ
雪が雨へと変わり、大地がゆるみ始める「雨水」。それは春が確かに動き出した合図でもあります。霞立つ空、芽吹く草木、祈りを込めたひな祭り、ほろ苦い春の味覚…自然と人の営みが静かに重なり合う季節です。日々の暮らしの中で、ほんの少し周囲に目を向ければ、春はすでに足もとまで来ていることに気づくでしょう。
監修/新木直安(下鴨神社京都学問所研究員) HP:https://www.shimogamo-jinja.or.jp
協力/宝泉堂 古田三哉子 HP:https://housendo.com
インスタグラム:https://instagram.com/housendo.kyoto
構成/菅原喜子(京都メディアライン)HP:https://kyotomedialine.com Facebook
●「和歌」部分執筆・絵/まつしたゆうり

絵本作家、イラストレーター。「心が旅する扉を描く」をテーマに柔らかで色彩豊かな作品を作る。共著『よみたい万葉集』(2015年/西日本出版社)、絵本『シマフクロウのかみさまがうたったはなし』(2014年/(公財)アイヌ文化財団)など。WEBサイト:https://www.yuuli.net/ インスタグラム:https://www.instagram.com/yuuli_official/











