「白鳳時代より繫いできた土の命をさらに1000年先へ伝える作品となりました」
1300年もの間、薬師寺東塔を支え続けた基壇(きだん)の土が、現代を代表する陶芸家により新たな命を吹き込まれ、披露される。
奈良、薬師寺。白鳳時代に天武天皇が皇后・鸕野讃良皇女 (のちの持統天皇)の病気平癒を祈念して藤原京で発願し、和銅3年(710)の平城京遷都で現在地に遷されて以来、1300年以上もの間、法灯が受け継がれてきた古刹だ。
白鳳伽藍にある東西2基の塔のうち、唯一創建当時に建てられたままの姿で現存する国宝の東塔は、平成21年から110年ぶりに解体修理が行なわれ、令和3年に竣工。今春、コロナ禍で延期されていた落慶法要が行なわれる。
修理の際に、塔を支えた基壇から出た大量の残土などは、廃棄される予定だったという。
「つまり、捨ててしまうというのですよ。東塔は文化財だけれど、その下の土は不要だというのです。47万日以上、毎日、誰かがこの東塔の前で祈りを捧げてきました。人々の喜び、哀しみ、願いを一身に受けてきた東塔の柱、壁、基壇の石、土……人々の思いが籠ったそれらはすべて東塔の一部。何ひとつ捨てることはできません」
こう語るのは、薬師寺管主の加藤朝胤さんだ。
奈良県の文化財保護課などと協議を重ね、薬師寺が残土を保有することになった。
加藤さんは続ける。
「どんな形でこれを残すのかを考えた結果、粘土質の部分を、縁の深い30名ほどの陶芸家の方々に送り、作品化を打診しました。形は変わっても、陶芸作品として祈りの籠った土が存在し続けることができる。1000年先まで命を繋ぐこともできるでしょう」
手元に届いた翌日、土を譲ってほしいとトラック4台でやってきたのは、第15代樂吉左衛門(現・直入)さん(73歳)だ。この他、大樋焼10代大樋長左衛門(現・陶冶斎)さん(95歳)や備前焼の森陶岳さん(85歳)、元内閣総理大臣の細川護熙さん(84歳)など、名だたる陶芸家が薬師寺の土を分け合い、茶碗や花器などの作品に仕上げた。
「1300年前に人の手でこねられ、塔を支えるためにしっかりとした土台として埋められた土は、適度な湿度の中で、長い間生き続けた結果、熟成した土となっていました」(加藤さん)
薬師寺東塔の基壇土から生まれた陶芸作品は、令和5年2月1日から6日間、東京・日本橋三越の美術特選画廊にて披露される。陶芸作品の他、東塔修理の際に出た古材などを使った作品も展示される。
「1300年の命を生かすも殺すも、人間次第。受け継がれた命を閉ざさないこと、未来にまで受け継いでいくことが薬師寺の使命のひとつだと思っています」
加藤さんの言葉が胸に響く。人々の心が籠る土から生まれた作品群を観覧し、1300年の歴史と祈りに思いを馳せたい。
解説 加藤朝胤(かとう・ちょういん)さん(薬師寺管主・73歳)
作品展のお知らせ:薬師寺国宝東塔大修理落慶記念
現代作家による白鳳時代から目覚めた作品達展
会期/2月1日(水)〜2月6日(月)
会場/日本橋三越本店 本館6階美術特選画廊
現代を代表する作家たちによる薬師寺国宝東塔基壇の土や古材を使った作品などを展示。販売もある。
東京都中央区日本橋室町1-4-1 電話:03・3241・3311(大代表)
開場時間:10時〜19時 ※最終日は17時閉場
定休日:日本橋三越に準ずる
交通:東京メトロ三越前駅より徒歩約1分
※この記事は『サライ』本誌2023年2月号より転載しました。