中納言朝忠(ちゅうなごんあさただ、藤原朝忠)は、平安時代中期の貴族であり、歌人です。延喜10年(910)に三条右大臣・藤原定方の五男として生まれました。和歌だけでなく、漢詩や管弦にも優れた才能を発揮し、特に笙(しょう)の名手であったと伝えられています。

三十六歌仙の一人にも数えられる朝忠は、多くの女性との恋愛経験があったといわれています。その華やかな恋愛遍歴が、彼の歌に深みと情熱を与えているのかもしれません。

中納言朝忠『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

目次
中納言朝忠の百人一首「逢ふことの~」の全文と現代語訳
中納言朝忠が詠んだ有名な和歌は?
中納言朝忠、ゆかりの地
最後に

中納言朝忠の百人一首「逢ふことの~」の全文と現代語訳

逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし

【現代語訳】
もし逢うことが絶対にないのならば、かえってあの人のつれなさも、わが身のつたない運命も恨むことはしないのに。

『小倉百人一首』44番、『拾遺集』678番に収められています。この歌には、恋人との関係が途切れ途切れになっている状況での、複雑な心情が表現されています。「なかなかに」という言葉には「かえって」という意味があり、会えたり会えなかったりする中途半端な関係が続くよりも、きっぱりと絶縁してしまった方が、相手を恨むこともなく、自分自身を責めることもなかったのに、という切ない気持ちが込められています。

この歌は、天徳内裏歌合で詠まれたもので、実際の恋から詠まれた歌ではありません。しかし、恋愛関係において、完全に終わるよりも「未練を残したまま続く関係」の方が苦しいという、恋する人の普遍的な心理を見事に詠み上げた歌として評価されています。

この感情は時代を超えて共感できるもので、平安時代から現代に至るまで、恋する人の心の機微は変わらないことを教えてくれます。

中納言朝忠『百人一首画帖』より
(提供:嵯峨嵐山文華館)

中納言朝忠が詠んだ有名な和歌は? 

三十六歌仙の一人だけあり、朝忠は多くの歌を残しています。その中から二首紹介します。

わが宿の 梅が枝に鳴く 鶯は 風のたよりに 香をや尋めこし

【現代語訳】
私の居る家の梅の枝で鳴く鶯は、風の案内によって香を求めてやって来たのだろうか。

『玉葉集』42番に収められています。この歌の魅力は、春の訪れの喜びと、それを愛でる作者の繊細な感性にあります。平安時代の貴族たちにとって、梅と鴬の取り合わせは格別に趣き深く、春の訪れを象徴するものとされました。

「風のたより」という表現は、実際に梅の香りを運ぶ春風を、人々の噂や便りになぞらえています。鶯が「風の便りに梅の香りを聞きつけて、わざわざ尋ねてやって来たのではないか」と擬人化して捉え、単なる風景描写ではなく、まるで鶯にも梅の美しさや芳香を理解する心があるかのような、温かい眼差しが感じられます。

人づてに 知らせてしがな 隠れ沼の みごもりにのみ 恋ひやわたらむ

【現代語訳】
人を通して知らせたいものだ。ひっそりとした沼のように、思いを胸に秘めたまま恋し続けるのだろうか。

『新古今和歌集』1001番に収められています。詞書には「天暦御時歌合に」とあり、「恋」の題で詠まれたものです。自分の恋心を、人目につかない「隠れ沼」に喩え、さらにその沼が水で満たされて完全に姿を隠している「みごもり」の状態に重ねることで、誰にも知られることなく、ただ深く胸の内に秘め続けるしかない恋の苦しさ、もどかしさを表しています。

中納言朝忠、ゆかりの地

中納言朝忠ゆかりの地をご紹介します。

京都御苑 土御門第跡(藤原道長邸宅跡)

京都市上京区にある京都御苑。朝忠の邸は土御門大路沿いにあったため、またの名を土御門中納言といいました。後に、朝忠の孫娘を正室とした藤原道長がこの土御門第に住みました。

最後に

中納言朝忠の和歌は、特に恋愛感情の機微を繊細に表現したものとして評価されています。百人一首に選ばれた「逢ふことの~」の歌は、恋の苦しみと切なさを率直に詠み上げたもので、今なお多くの人の心に響きます。

平安貴族の優雅な生活の中にあっても、恋に悩み、苦しむ姿が垣間見え、人間の感情の普遍性を感じさせてくれます。この歌から、千年以上前の人々の心情が、現代を生きる私たちの心にも通じることを実感できるのではないでしょうか。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)

アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)

●執筆/武田さゆり

武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。

●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com

●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2025年
8月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店