文/池上信次

ジャズ・ジャイアンツにまつわる逸話はとても多いですよね。音楽に直接かかわること、かかわらないことさまざまですが、それらを知ると想像力が刺激されて、ジャズ鑑賞をより面白いものにしてくれていると思います。逸話だけを集めた書籍も昔からたくさん出版されていますから、ジャズ・ファンは「逸話好き」体質なのかもしれません。そして、逸話は語り継がれるうちに淘汰され、生き残ったものが「伝説」になるわけですが、さすがにそこまでになるものは印象も強烈です。


『マイルス・デイヴィス・アンド・ザ・モダン・ジャズ・ジャイアンツ』(プレスティッジ)
演奏:マイルス・デイヴィス(トランペット)、セロニアス・モンク(ピアノ)、ミルト・ジャクソン(ヴァイブラフォン)、パーシー・ヒース(ベース)、ケニー・クラーク(ドラムス)
録音:1954年12月24日
クリスマス・イヴのスタジオ・レコーディング。もともと10インチLP『マイルス・デイヴィス・オール・スターズvol.1』と『vol.2』(各2曲入り)で発表された曲などを収録したアルバム。「ラウンド・ミッドナイト」も収録されていますが、それは別の日のセッションから。

ジャズ・ファンにもっとも有名な「伝説」といえば、「マイルス・デイヴィス vs セロニアス・モンクのケンカ・セッション」でしょう。多くのジャズ・ファンがご存じだと思いますが一応記すと、「1954年12月24日のレコーディング・セッションでマイルスはモンクに、自分のバックではピアノを弾くなと指示し、モンクはそれに怒ってケンカになった」というもの。「生意気マイルス vs 先輩モンク」という構図です。このアルバムのライナーノーツなどでは、昔から枕詞といってもいいくらいに紹介されつづけています。モンクの怒りの程度もケンカの詳細もわかりませんが、とにかく「レコーディングがケンカしながら行なわれた」ということなのです。アルバムを聴いてみると、実際にモンクがマイルスのバックで弾いていない曲がありますので、「そうだったのか、ヘーっ」と思ったりもしたわけです。が、それは昔の話。

マイルスは1989年発表の自叙伝(『マイルス・デイヴィス自伝』クインシー・トゥループ&マイルス・デイヴィス著、中山康樹訳、シンコーミュージック・エンタテイメント刊)で、自らそのエピソードを紹介した上で否定したのでした。「ケンカ」伝説は誤りで、実際は何事もなかったレコーディング・セッションだったのです。ですからその話は「作られたネタ」、いまでいうフェイクニュースとして消えてなくなってもいいところですが、それどころか「しかし現在では、マイルス自身によりそれは間違いとされています」というフレーズが付け加えられてストーリーはさらに補強されています。この伝説は、「モンクならさもありなん」「いかにもマイルス」というパブリック・イメージを絵に描いたような内容ですから、これは「ネタ」であったことも含めて広まる(広めつづけられる)のも当然というところでしょう。

ただここで考えなくてはならないのは、その「ネタ元」はなんだったんだ? というところです。こういった逸話の類は、多くは出典が明記されないままの(とくにネット上ではコピペ)引用だったりします。ときには明らかに「盛られ」たりしながら。「逸話」「伝説」というのはそういう性格のものだからそれでよし、という部分もあるでしょうが、それが興味深いものであればあるほど、一次情報にあたって検証したいと思いますよね。

ではこの「ケンカ・セッション」のネタ元は……、というと、現場を知る関係者のリークと考えるのが自然ですが、さにあらず。どうやらアメリカのジャズ専門誌『ダウン・ビート』1955年11月30日号に掲載された、チャールズ・ミンガスの文章であると思われます。これはチャールズ・ミンガスが書いた「An Open Letter to Miles Davis(マイルス・デイヴィスへの公開書簡)」というもので、マイルスへのエールのような揶揄のような内容なのですが、その一部で件のセッションでケンカがあったことを記しているのです。具体的には「(前略)最近のレコーディングでの話だが、モンクのことを罵倒し、演奏を中断させ、口論し、モンクを恫喝した上にボブ・ウェインストックに向かって、何であんなミュージシャンでもない人間を雇ったのか、何故モンクが自分のトランペット・ソロのバックで演奏しているのかと詰め寄った(後略)」とあります(ボブ・ウェインストックはプロデューサー)。現場にいたわけではないミンガスの真偽不明の主張であっても、この部分が切り取られて拡散されて「伝説」化してきたのでしょう。まあ、これが確実に「ネタ元」であるとは断言はできませんが、この掲載は、人気上昇中のマイルスの新しいアルバム(『オール・スターズ』)がリリースされたすぐ後なので、多くの人がそれに反応しやすい時期だったというのは想像できるところです。

(引用元『ダウン・ビート・アンソロジー』〈フランク・アルカイヤー編・廣瀬眞之監訳、シンコーミュージック・エンタテイメント刊〉)。

マイルスは、自叙伝ではこの「伝説」の出どころについては、知ってか知らずか触れていません。ここで「あのミンガスの野郎のせいで……」などと発言していれば、一切はミンガスの誤認あるいはフェイクが発端だとはっきりするのですが、それがあったとしても、それもまた「ミンガスならそれもありかも」ということで、伝説に「もともとはミンガスのフェイク投稿によって拡散した」という1行の追記がなされるだけのことでしょう。ここが伝説の伝説たりえるところですね。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

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