心が通じ合った主従を引き裂いた弓の矢
I:鎌倉のメインストリート若宮大路を貫く「段葛」が戦場として登場しました。何度も触れますが、ここは頼朝と政子の間にできた子供(後の頼家)の安産祈願のために築かれたものです。鎌倉の象徴ともいえる場所での大合戦。悲しいことです。
A:よく、鎌倉を「武士(もののふ)の都」と言ったりしますが、私はそれ以上に「鎮魂の都」と感じています。数多の御家人の御霊がいまもさまよっているような気がするのですよね。
I:中世にはまるとそんな感覚になるのですかね。ところで、私がびっくりしたのは大江広元の太刀裁き。「いったい何者?」と思った方も多いのではないでしょうか。
A:源範頼(演・迫田孝也)も〈意外にできる〉と実衣(演・宮澤エマ)に言わしめる太刀裁きを見せました。大江広元の子孫は戦国時代の毛利元就。幕末長州藩の藩主家ですから、こういうシーンを入れたのですかね? それともなにかの伏線なのでしょうか。
I:そして、義盛を説得するために実朝が戦場に足を運びます。実朝の説得に義盛も感極まって、〈聞いたか。これほどまでに鎌倉殿と心が通じ合った御家人がほかにいたか。我こそが鎌倉随一の忠臣じゃ。胸を張れ!〉――。実朝の所作の美しさ、ちょっと荒っぽい義盛。このふたりの場面が、なぜこうも人の心をとらえるのでしょう。
A:確かにいい場面でしたね。そして、この演出が憎々しいのが、直後の義村の行動です。
I:〈放て!〉というたった3文字の台詞に、これほど怒りを感じたことはありません。あまりにもひどい。実朝の表情、義盛の熱演。感動しているところにかぶせてきた〈これが、鎌倉殿に取り入ろうとする者の末路でござる〉という義時の台詞に激しい憤りを感じました。小栗さんの表情もほんとうに憎らしかった。
A:義盛に20本前後の矢が突き刺さりました。瞬間、本作で描かれなかった「弁慶の立往生」が頭に浮かびました。実朝と義盛の関係が、義経と弁慶同様に深い絆で結ばれていることが強調されたようで、いっそう感動がこみあげてくるシーンになりました。
I:確かに、義盛の最期が感動するシーンになりました。それでもやっぱり義時と義村のことが許せない感情の方が強いです。
A:さて、大河の主人公に憤りを感じるとは! なかなかない展開になってきました。それだけ感情移入できるキャラクターも少ないですから、今年の大河はほんとうに貴重ですよ。そして、従兄弟の和田義盛に矢を放つように命じた三浦義村。私はこちらの方がひどいと思いました。ところが、ここまで北条一族に尽くしたにもかかわらず、この一族がどんな末路を迎えたか、見届けたくないですか? 宝治合戦で三浦一族がどこに立て籠もって、誰の御影の前で自刃したのか――。それを知ったら、絶対に宝治合戦までみたくなると思うんですけどね。
I:まだ言ってる(笑)。
A:……。さて、和田合戦を終えて、忠臣の義盛を失った傷心の実朝が、致命的な発言を義時に発してしまいました。〈万事、西の方にお考えをうかがっていく〉。
I:こともあろうに義時に絶対言ってはいけないNGワードを発してしまい〈山は裂け 海はあせなむ世なりとも 君にふた心 わがあらめやも〉という和歌まで詠じてしまいました。
A:しかも、タイミングの悪いことに大地震まで発生しました。中世的な価値観では、この先よくないことが必ず起こるという感じになってきました。
I:いったい鎌倉はどうなってしまうのでしょう。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』、鎌倉歴史文化館学芸員の山本みなみ氏の『史伝 北条義時』などを担当。初めて通しで見た大河ドラマが『草燃える』(1979年)。先日、源頼朝のもう一人の弟で高知で討たれた源希義の墓所にお参りした。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2022年1月号 鎌倉特集も執筆。好きな鎌倉武士は和田義盛。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり