歳を重ねるとは、実に味わい深いものです。この様な経験をしたことはないでしょうか? 遠い昔に、父母や師と仰ぐ人、あるいは人生の先輩から受けた言葉の“真の意味”を、今になって理解し悟ること……。人生を経て、経験を重ね、先人と同じ年齢に達して、初めて分かる事、見えてくる事が実に多いものです。
しかしながら、人生100年時代を迎え、これからを生きるサライ世代には、最早、厳しく諭し、誤りをただし、苦言を呈してくれる者など居ないかもしれません。残念なことに、老いれば老いるほど諫言(かんげん)してくれる部下や若者は少なくなるばかりです。さらには、己にその諫言を受け入れる柔軟さと度量があるのかも、甚だ自信がないのであります。
であるなら、先人が残してくれた言葉やエピソードに学ぶしか術は無いのではないでしょうか。人生100年時代を見据え、サライ世代に「心磨く名言」を贈ります。
第十四回は、吉田松陰先生の数多くある名言から、サライ世代が改めて噛み締めてみたい名言を選びました。
衣食住で特に不自由なこともなく、家族や友人にも恵まれている日々。それだけでも、充分、人は幸福なはず。けれども、なぜか自分の心が満たされない時はありませんか。
かといって、特に新たにやりたいことも思い浮かばない……。果たしてこのままでいいのか? と、心が宙ぶらりんな時に、向き合いたい言葉です。
言葉の意味は、「心は、もともと生き生きしたもので、必ず動き出すきっかけがある」ということ。動き出す気持ちになれないのは、心が動くきっかけがないだけ。きっかけさえあれば、心は動く、と言っています。
きっと、松陰は、どんな人間にも備わっている力を信じていた人なのでしょう。この言葉の通り、「今は、きっかけがないだけで、そのきっかけは必ずやってくる」と聴くと、不思議と安心感が生まれて、未来の自分を信じてやっていけるような気持ちになります。
さらに、この名言には続きがあります。原文を現代語訳とあわせて見てみましょう。
機なるものは触(しょく)に従ひて発し、感に遇(あ)ひて動く。発動の機は周遊の益なり。
きっかけは何かに触発されて生まれ、感動することによって動き始める。旅はそのきっかけを与えてくれる。
引用:『吉田松陰先生語録4 吉田松陰語録』松陰神社
これは、松陰が21歳のときに記した『西遊日記』の序文に出てくる言葉です。心の感動によるスイッチが押された時、人は、それぞれに動き始めることを説いています。そして、松陰の体験談からスイッチを押す方法を具体的に「旅」と一例を挙げて、伝えているのも興味深いところです。
確かに旅は、非日常の体験、新しい価値観や目まぐるしく変わる景色、出会いの連続……。カルチャーショックを受けることも少なくありません。また、遠方への旅だけでなく、日常生活の中でも、旅をしたときに感じるような感動が実は隠れているのかもしれません。
心を生き生きとさせるために、旅に出てみるのはいかがでしょうか。
※ことばの解釈は、あくまでも編集部における独自の解釈です。
吉田松陰の人生
吉田松陰は、幕末期長州藩の志士、思想家、教育者です。通称、寅次郎。30年の短い生涯は、多難に満ちていました。欧米遊学を志して、25歳のとき浦賀に来航したアメリカ軍艦、ペリーの船に乗り込み、同志・金子重之助とともに密航を企てますが失敗して入獄。
27歳のとき、出牢した松陰は近隣の子弟を集めて塾を開きます。それが、のちに松陰が主宰者となる松下村塾になります。高杉晋作・伊藤博文らの多くの明治維新の功績者を育成したにもかかわらず、松陰は安政の大獄で刑死しています。
山口県萩市にある松陰神社は、吉田松陰を祀る神社。松陰が他界した31年後の明治23年(1890)8月、松下村塾出身者などの手により松下村塾の改修とともに、松陰の御霊を祀る土蔵造りのほこらが建立されました。そのほこらが、松陰神社の前身です。
明治40年(1907)、松下村塾出身の伊藤博文や野村靖が中心となり公の神社として創建。同年10月4日に、当時の社格制度の中で県社の社格をもって創建が許可され、土蔵造りのほこらは松下村塾南隣に移されて本殿となりました。
なお、松下村塾は当時のまま現存し、平成27年(2015)にはユネスコ世界文化遺産として登録されています。明治維新を成し遂げた偉人たちが学んだ私塾を訪ねると、時代を駆け抜けた維新の志士が偲ばれるようです。
***
吉田松陰は、「天地にはすべてのものを生き生きと育てる大きな徳があり」という言葉も残しています。松陰にとっては、天地も人も、そもそもは「生き生きとしている」ことが前提。この世にあるもの、存在をまずは肯定する信念すら感じます。
その信念こそが、激動の時代を生きる若者たちを支え、心豊かに生きる礎になっていたのかもしれません。時代を経ても、この名言は色褪せることなく、人を行動へと導き、安心感を与え続けてくれる言葉だと感じます。皆さんは、いかがでしょうか。
肖像画・アニメーション/もぱ・鈴木菜々絵(京都メディアライン)
文/奈上水香(京都メディアライン)
HP:http://kyotomedialine.com Facebook
参考・引用:『吉田松陰語録』松陰神社