文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1092736)紹介した『ジャミン・ザ・ブルース』は、ジャズ映画の新しいスタイルを作り出した傑作と評価されました。ジョン・ミリはその短編が初めての映画制作だったにもかかわらず、いきなりアカデミー賞ノミネートでしたので、当然次作の制作に意欲を見せましたが、すでに写真家として名を成していたミリにはその仕事があり、ノーマン・グランツもJ.A.T.P.のヒットもあって自身のレーベルでの業務が多忙になり、すぐに第2作の制作をするには至りませんでした。

そして『ジャミン・ザ・ブルース』から6年後の1950年の秋、ふたりは満を持して「続編」の制作に取りかかりました。制作方法は前作を踏襲し、まずレコーディング・スタジオでミュージシャンの演奏を録音、その後に映画スタジオでその演奏に合わせた「口パク」のミュージシャンを撮影し、それらをシンクロ編集するというものでした。音と映像をそれぞれ最良の方法で記録して合体させるということですね。そこに集められたミュージシャンは、当時のニュー・ウェイヴ「ビバップ」の中心者チャーリー・パーカー(アルト・サックス)、すでにレジェンドであるコールマン・ホーキンス(テナー・サックス)とレスター・ヤング(テナー・サックス)、そして人気絶頂のエラ・フィッツジェラルド(ヴォーカル)らという大スターたち。時代を代表するスーパー・セッションの記録を最高の映像で残そうという試みでした。

しかし、制作は頓挫してしまいます。その理由は、編集が難しすぎて費用がかかりすぎたこと。撮影は同じ音源に合わせてカットごとに何度も「口パク」をくり返すわけですが、『ジャミン・ザ・ブルース』では、じつに自然にシンクロ編集がなされていました。でも、それから6年の間にジャズは変わっていたのです。演奏は複雑化し、とりわけパーカーは「即興命」のビバップ・スタイルですから、まったく同じ演奏は二度とはできず、録音、撮影ともにそれぞれが完璧であっても、音と指のシンクロが困難になってしまったというわけです。のちにその音源だけは発表されましたが、フィルムの方は紛失したとされ、まさに「伝説」のセッションとなったのでした。

そして、その伝説が伝説でなくなったのが1990年代半ばのこと。なんとノーマン・グランツが自分の倉庫からそのフィルムを発見したのです。しかし、発表にあたっては多くの問題に直面しました。撮影当時に比べれば技術は格段に進歩しているとはいえ、シンクロが難しいこと。さらにジョン・ミリはすでに他界(1984年没)していたので、彼がどういう構想で撮影していたのかがわからないのです。そこでグランツは、ミリが『ジャミン・ザ・ブルース』で行なっていたような多彩なカット割りによる演出は加えず、シンプルにミュージシャンを見せるという方向で編集を進めました。シンクロは完全ではありませんが、「観ることができる」重要性に比べれば大した問題ではありません。

さらにグランツは(記録映画ではなく)「映像作品」を作るという当初の目的・構想を果たすために、その後の時代のさまざまなミュージシャンの演奏映像を加えて、『インプロヴィゼーション』という映像作品として1996年に発表しました。撮影から40年以上を経て、ついに最上級の画質で「動くチャーリー・パーカー」を観ることができるようになったのでした。今では珍しくないように感じるかもしれませんが、「動く」パーカーは1952年のダウンビート・アワード授賞式での演奏(テレビ放送)だけしか残っておらず、発表当時は「世紀の大発見」として大きな話題になりました。


チャーリー・パーカー他『インプロヴィゼーション』(東芝EMI・レーザーディスク廃盤)
演奏・出演:チャーリー・パーカー(アルト・サックス)、すでにレジェンドであるコールマン・ホーキンス(テナー・サックス)、レスター・ヤング(テナー・サックス)、エラ・フィッツジェラルド(ヴォーカル)、ハンク・ジョーンズ(ピアノ)、レイ・ブラウン(ベース)、バディ・リッチ(ドラムス)ほか
これは1997年に発売された日本盤レーザーディスク。当時はまだDVDは普及していませんでした。パーカーの貴重映像のほか、1966年のデューク・エリントン、1970年代のカウント・ベイシー、ジョー・パス、エラ・フィッツジェラルドらの演奏映像が収録されています。

これで伝説のストーリーはいったん終わりですが、これにはさらに続きがあります。ノーマン・グランツは2001年に亡くなりましたが、その後2007年に同じ『インプロヴィゼーション』のタイトルで、「ボーナス映像付きエディション」(DVD2枚組)がリリースされました。そこにはなんと、シンクロ版映像で使われなかった映像(当然音はありません)と、撮影現場の写真が多数収録(スライドショー)されているのです。テーブルの上で寝るパーカーといった、それまで未発表だったあっと驚く写真など、「オマケ」の域を超えたモダン・ジャズ・ファン必見のコンテンツが満載です。さらに『ジャミン・ザ・ブルース』も収録されていますので、これから手に入れる方はぜひこちらのヴァージョンをお勧めします。映像が身近でなかった時代だっただけに、記録としての重要性はもちろん、プロデューサーたちの意気込みも並々ならぬものがあったということが感じられる素晴らしい作品です。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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