文/池上信次

前の2回(【175】https://serai.jp/hobby/1090796【176】https://serai.jp/hobby/1091989)でジャズのドキュメンタリー映画を紹介していますが、「歴史的名盤」と同様に、ジャズ・ファンならぜひ知っておいていただきたい映像作品があります。タイトルは『ジャミン・ザ・ブルース(Jammin’ The Blues)』(ワーナーブラザーズ)。1944年に制作された短編映画です。内容はいわゆるドキュメンタリーではなく、過剰ともいえるくらいに演出して作り込まれた音楽映像作品。のちの言葉でいえば「ビデオクリップ」(のようなもの)なのですが、「当時最高の演奏を、レコード以上の情報量のヴィジュアル作品として残したもの」とすれば、時代を知るドキュメンタリーともいえましょう。

『ジャミン・ザ・ブルース』は、『ライフ』誌の写真家として知られるジョン・ミリ(Gjon Mili:1904〜84)の監督作品。ミリの写真作品は、ストロボの点滅を利用したダンスの連続写真や、ピカソがペンライトで絵を描く写真が有名ですね。もちろんジャズマンの写真も多数撮影しています。この作品がミリの監督デビュー作ですが、最初からジャズ作品を作るつもりだったわけではなく、題材を探しているときにノーマン・グランツ(1918〜2001)が主催するオールスター・ジャム・セッション興行「J.A.T.P.」のステージを観て即座にジャズ映画にすることを決め、その場でグランツに協力を申し出たそうです。のちに大人気となるJ.A.T.P.はこの時が第1回目(1944年7月2日)。当時駆け出しのグランツにしても映画制作には興味があったはずで、オールスター・メンバーを揃えて撮影に協力しました。

そして作られた映画はモノクロでわずか10分の作品ですが、ジャズの魅力が凝縮されています。出演はレスター・ヤング(テナー・サックス)、イリノイ・ジャケー(テナー・サックス)、ハリー・エディソン(トランペット)、バーニー・ケッセル(ギター)、レッド・カレンダー(ベース)、ジョー・ジョーンズ(ドラムス)らのJ.A.T.P.勢と、当時デューク・エリントン・オーケストラにいたヴォーカリストでダンサーのマリー・ブライアントと、ダンサーのアーチー・サヴェージ。冒頭に「このジャム・セッションでは一流のアーティストが見事なアドリブをくり広げます」と一言ナレーションが入るだけで、あとはずっと演奏です。スロー・テンポのレスター・ヤングのオリジナル曲「ミッドナイト・シンフォニー」でスタート。ポークパイ・ハットをかぶり、タバコを指に挟んで(もちろん煙モクモク)演奏するレスターは写真で知るレスターの「あのイメージ」そのもの。そうです、この映画はまさに「動く写真」なのです。


『1944 J.A.T.P. ファースト・コンサート』(ヴァーヴ)
演奏:イリノイ・ジャケー(テナー・サックス)、J・J・ジョンソン(トロンボーン)、ナット・キング・コール(ピアノ)、レス・ポール(ギター)ほか
録音:1944年7月2日
J.A.T.P.の最初のステージのライヴ音源。このジャケットはイメージ・イラストですが、ステージでもスタジオでも、このような配置で演奏することはありません。このイラストはジョン・ミリの写真作品をもとにしているのです。ミリの写真は、空間を切り取るのではなく、空間を作るという、凝った構図が特徴のひとつです。

演奏者のまわりにはセットはなく、バックは白または黒一色。写真スタジオで入念にライティングして撮影された、キマった構図のポートレートが動いていると想像してください。どの瞬間を切りとっても、それぞれ写真として成立するほどのかっこよさなのです。ミュージシャン間の距離や立ち位置は実際の演奏では考えられないものばかりですが、ミリの美意識を最大に生かした写真的構図は、現実以上に「ジャズのイメージ」を感じさせるものです。「ミッドナイト・シンフォニー」に続いて演奏されるのは「オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート」。そして「ジャミン・ザ・ブルース」では、ダンサーふたりによる躍動的なリンディホップ(ペアで激しく踊るスウィング・ダンス)も演奏に重なります。ラストでの、山台を使ってまでバンド7人を画角きっちりに収めた構図は、現実の演奏では不自然ですが、写真としては最高のものです。

なお、音と映像は別録りで(絵柄優先ですから)、あらかじめ録音した音源に合わせて撮影時に「口パク」しているのですが、このシンクロ具合は素晴らしいものがあります。1曲の中のカットつなぎの回数が多く、白バックと黒バックのシーンも混ざっていますので、同一曲での撮影はかなりの回数になっていると思いますが、不自然に見えるところはありません。同じように何度も演奏できるのも実力のひとつなのでしょう。とくにバーニー・ケッセルの速弾き指アップは、ぴったりで驚きです。

なお、このわずか10分間の映画にも、当時のジャズ状況を物語るエピソードがありました。徹底して人種差別に反対していたグランツだけに、集められたグループは当然ながら黒人白人の混成となりましたが、黒人と白人の共演はアメリカ南部の映画館での公開に強い懸念があるというワーナーブラザーズの意向から、バーニー・ケッセルはほとんど顔が映らず、その指には黒く見えるようにベリー・ジュースを塗ったと伝えられています。ただ実際の印象としては、とくにそうしているようには見えませんので、そこにはグランツとミリのできる限りの抵抗があったのでしょう。

そしてこの映画は、1945年の第17回アカデミー賞短編賞(SHORT SUBJECT[ONE-REEL])にノミネートされました(正確にはプロデューサーのゴードン・ホリングシェッドがノミネート)。なお、グランツの映画でのクレジットはテクニカル・ディレクターでした。

機会があればぜひご覧ください、と強くお勧めしたいのですが、10分の短編だからでしょう、これまでこの作品は単体パッケージでの発売はないようです。逆に10分の短編なので「オマケ/特典映像」として収録されているDVDがあります。映画『Passage To Marseille(渡洋爆撃隊)』(マイケル・カーティス監督、ハンフリー・ボガート主演/1944年)と映画『Blues in the Night』(アナトール・リトヴァク監督、プリシラ・レーン主演/1941年)のアメリカ盤DVDがそれです。また、映画『Norman Granz Presents Improvisation』の2007年リリース版DVD(日本盤、アメリカ盤)の特典映像としても収録されています(この映画は次回で紹介の予定)。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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