文/池上信次
前回紹介したSPレコードの「3分しばり」ですが、正確には「再生メディア」の限界が「3分」だったから、というのが理由です。SPレコードがメディアとして使われ始めた当初は録音と再生のメディアのサイズが同じでしたので、「録音メディアの収録時間の限界=再生メディアの収録時間の限界」だったのですが、やはりさすがに短かいですから、長時間録音・再生のためにさまざまな技術が開発されました。
まず、1920年代末にアメリカの放送局が「トランスクリプション盤」と呼ばれるメディアを開発して使用しました。これは、いわば大きなレコード。SP盤は10インチまたは12インチでしたが、トランスクリプション盤は16インチ(40センチ)で33⅓回転でした。これにより1面で約15分の録音・再生が可能になり、放送局はこれで番組を録音制作し、地方局に送って各地で放送したのです。さすがに小型自転車の車輪サイズに匹敵する16インチですから、このメディアも再生装置も家庭向けに販売されることはなく、業務用だけでした。もちろんSPに比べて格段に長時間収録が可能なメディアですから音楽収録にも使われました。
1940年代初頭にはポータブル・ディスクレコーダーが開発されています。これはそれまでスタジオに備え付けられていたカッティングマシンをポータブルにしたもので、12インチのディスクに溝を刻んで記録するものです。家庭用も販売され、ヒット商品となりました。これは長時間録音というわけではありませんが、ライヴのステージでも手軽に録音できるので、録音に対する考え方は大きく変わったと思われます。
その次に長時間録音のために開発されたのが、1946年に商品化された「ワイヤーレコーダー」でした。これは、磁性体を塗ったワイヤー(金属線)に記録するもので、長いワイヤーを使えば長時間録音ができるというものですが、音質はあまりよくなかったようです。
そしてその翌年の1947年、画期的なメディアが開発されます。そうです、テープレコーダーです。テープレコーダーはもともと戦時中にドイツで開発されていたものですが、終戦後、アメリカ軍が接収したものをもとにアンペックス社が1947年に商品化しました。最初のマシンはABC放送局が使いましたが、その価格は家一軒分だったともいわれています。この開発に出資したのがビング・クロスビーだったのはよく知られ
このテープレコーダーの出現により、飛躍的に長時間かつ高音質の録音が可能になったのですが、ソフトの大量複製ができないなどの理由で、音楽再生メディアとしては普及せず、再生メディアの主流は相変わらず「SPレコード」でした。1946年に録音されたチャーリー・パーカーらによるジャム・セッションのライヴ・アルバム『Jazz At The Philharmonic 1946 』(ヴァーヴ)には、おそらくトランスクリプション盤によって録音された良質な音源による7分半から11分ほどの演奏が収録されています。当時発売されたのはSPレコードのセットによるアルバムでした。LPやCDではふつうに1トラックですが、SP盤の収録は1面「3分」ですから、たとえば「JATPブルース」は4面に分けて収録されていました。つまり、「A面が終ればひっくり返して、レコードを交換してまたA面が終ればひっくり返して…」で、やっと全部が聴けるという、手のかかるものだったのです。ですからいくら長く録音はできても、聴く側のことを考えれば「1曲3分」からは離れることはできなかったのです。ジャズのレコードでは1917年から30年の間、これは変わることはありませんでした。
そしてそれを打ち破ったのが「マイクログルーヴ・レコード」(細溝レコード)の登場です。これはまさに革命でした。続きは次回で。
(1)チャーリー・パーカー『1946 Jazz At The Philharmonic Concert』(ヴァーヴ)
演奏:ディジー・ガレスピー、バック・クレイトン、ハワード・マギー(トランペット)、チャーリー・パーカー、ウィリー・スミス(アルト・サックス)、レスター・ヤング(テナー・サックス)、ほか
録音:1946年1月28日、4月22日
オールスター・ジャム・セッション・コンサート企画「JATP」の1946年のライヴ音源から、チャーリー・パーカーが参加した曲だけを集めたCD。もともとの音源は「JATP」名義のSPレコード・アルバムで、1946年の「JATP」ライヴはパーカー不参加の曲も含めて全6アルバム(総計17枚)で発表されましたが、収録曲はどれも2面から4面にまたがる長時間演奏でした。ですから当時の再生はけっこう面倒だったわけですが、「JATP」はスター・プレイヤーたちが同じ曲で勝負するところに意味があるので、短く編集しては意味がないといえます。プロデューサーはそれを伝える一方、「いつかは長時間再生メディアが登場する」という先見の明もあったのでしょう。当時のステージの全貌を知る貴重な記録となりました。
(2)チャーリー・パーカー『The Complete Dean Benedetti Recordings Of Charlie Parker』(モザイク)
演奏:チャーリー・パーカー(アルト・サックス)、ほか
録音:1947〜48年
現在は入手困難なセット(CD7枚組)で恐縮ですが、このジャケットに写っているのが「ディスクレコーダー」です。アルバム・タイトルになっているディーン・ベネデッティはチャーリー・パーカーの「追っかけ」で、1947年、このタイプのレコーダーを持ってジャズ・クラブでパーカーのライヴ録音をしたのでした。長時間録音はできませんでしたのでパーカーのソロのみが録音されているという音源ですが、「どこでも録音可能」は画期的で、ベネデッティは翌48年にはポータブル・テープレコーダーを入手し、さらに録音を続けました。商品化が前提ではない私的な録音で、発表は1990年でした。録音機の進歩があったからこそ残された、パーカーの日常的ライヴを知る貴重な音源です。
*お知らせ
ちょっと宣伝です。前回解説した「SPレコード」を楽しむイベントが開催されます。
2020年3月28日(土)午後3時より
東京・神保町「アディロンダックカフェ」にて
『オーディオ・パーク・SPレコード・コンサート〜祝・生誕100年!チャーリー・パーカー』
タイトルどおり、チャーリー・パーカーのSPレコードを聴くイベントです(蓄音機ではなく電気再生です)。選曲と解説は私池上が担当します。「アディロンダックカフェ」のようにSPレコードが聴けるジャズ喫茶は全国でも少なく、しかもまとめて聴ける機会はなかなかありません。興味のある方はぜひどうぞ。詳しくは(臨時サイト https://goodquestion.tokyo/?p=131)まで。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。先般、電子書籍『プレイリスト・ウィズ・ライナーノーツ001/マイルス・デイヴィス絶対名曲20 』(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz/)を上梓した。編集者としては、『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/伝説のライヴ・イン・ジャパン』、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)などを手がける。