文・絵/牧野良幸

俳優の古谷一行さんが8月に亡くなられた。78歳だった。近年は年齢を重ねた役どころで、俳優としての幅を感じていただけに残念である。そこで今回は古谷一行さんが出演した映画『金田一耕助の冒険』を取り上げる。

古谷一行の金田一耕助といえば、1977年から放送されたテレビドラマ「横溝正史シリーズ」が浮かぶわけだが、こちらは1979年に公開された映画だ。意外にも古谷一行が映画で金田一耕助役を演じたのはこの作品だけである。

金田一耕助は今日までさまざまな役者が演じている。古いところでは片岡千恵蔵や池部良、高倉健。70年代横溝正史ブームの時に石坂浩二、渥美清、西田敏行らがいた。そのほかもたくさんの俳優が演じている。

俳優のタイプは様々だから人によって好みが分かれるだろう。僕の場合、石坂浩二の金田一耕助が印象深かったけれども、テレビで「横溝正史シリーズ」が始まると僕の金田一耕助像は古谷一行の姿になっていった。古谷一行の金田一耕助には事件や犯人に寄り添うようなあたたかさを感じた。

そのテレビで好評を得た金田一耕助がこの映画にも登場する。ただし内容は通常の横溝正史映画とは異質で、横溝作品や当時の流行をパロディにしたコメディ映画である。メガホンをとったのは1977年に『HOUSE ハウス』で商業映画デビューをした大林宣彦。

導入部こそ戦後すぐの貧しい日本で横溝正史の世界なのだが、和田誠によるアニメのオープニングのあとは、いきなり現代(1979年当時)の東京である。

「いやー、お待たせ」

とにっこり笑う金田一耕助。スポーツカーで迎えるのはタキシード姿の等々力警部(田中邦衛)だ。このあと二人は横溝正史の本や映画の宣伝のために、ポスター用の写真撮影に向かう。

金田一耕助は相変わらずボサボサ頭に和服であるが、よく見るとパステル色の着物に胸ポケット、袴の後ろにもジーンズのようなポケットがついている。でも不思議と違和感がない。大林ワールドでも古谷一行の金田一耕助はブレないのだ。

「僕、テレビもやったんですよ」

と等々力警部に自慢する金田一耕助だが、古谷一行のホノボノした言い方だと嫌みはない。

しかしいいことばかりではない。

「美しい日本も美しい事件も、どんどんなくなっていますねえ……」

と病院坂を歩きながらつぶやく金田一耕助である。

その金田一耕助のもとに、窃盗団の女首領マリア(熊谷美由紀)が現れる。マリアは横溝正史の短編小説『瞳の中の女』の結末が未解決になっていることに不満を持っていた。そこで金田一耕助に『瞳の中の女』の事件を解決してほしいと頼むのである。

これがこの映画の大きな物語。それ自体が横溝正史ネタのパロディなのだが、そこにたくさんのパロディを塗り込めてある。パロディ好きでさえ最後までついていくのが大変なほどだ。40年以上前の映画なので、今の若い人にはさすがに“何のパロディ?”と思うだろうが、サライ世代の方なら面白いところが多いと思う。

僕も映画公開時は大学生だったので、当時のファッションや街並みとあわせて、懐かしく思うパロディが随所にあった。しかし中には忘れていたネタもあって、そういえばあったあったと膝を打った(某インスタントコーヒーのテレビCMなど)。

正直に言ってパロディとして色あせているものも少なくないわけだが、流行というものは薄命だから、それを逆に楽しむのがこの映画の今日の楽しみ方だろう。

そんななかで古谷一行の金田一耕助だけは、どんなにパロディのネタにされても色あせないところが素晴らしい。

ローラースケートですべる金田一耕助。富士急ハイランドでジェットコースターに乗る金田一耕助。『スター・ウォーズ』のR2-D2のオモチャをいじる金田一耕助。

どれも『犬神家の一族』や『悪魔が来りて笛を吹く』の事件を解決した金田一耕助である。ブレがない。古谷一行の金田一耕助だから、この全編パロディ映画を束ねることができたのだと思う。

しかし映画はギャグばかりではない、最後は真面目なセリフを金田一耕助に吐かせる。

「事件にはどうしたって矛盾が残るんですよ。それをワンパターンと言われたら、立つ瀬がありませんよ」

「日本の犯罪はどうしたって家族制度や血の問題が絡んできちまう。それは日本の貧しさなんですよねえ」

「私だってね、事件の途中で犯人を予測できるんだ。でも、むやみに犯行を阻止すべきじゃないと思うんですよ。日本の殺人は過去の魑魅魍魎を払い捨てるための殺人なんです」

これらは横溝作品への愛あるツッコミに対しての返答と思うのだが、これもまた古谷一行の金田一耕助だから、上からではなく“わかってほしいなあ”というニュアンスになって共感してしまうのだ。

シリアスな横溝作品でもパロディの横溝作品でも、古谷一行の金田一耕助はわれわれを魅力する。あらためて素晴らしい俳優だったと思う。

【今日の面白すぎる日本映画】
『金田一耕助の冒険』
1979年
上映時間:113分
監督:大林宣彦
原作:横溝正史(「瞳の中の女」より)
脚本:斎藤耕一、中野顕彰
出演:古谷一行、田中邦衛、熊谷美由紀、吉田日出子、坂上二郎、江木俊夫、仲谷昇、ほか
音楽:小林克己
主題歌 :センチメンタル・シティ・ロマンス&村岡雄治

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp

『オーディオ小僧のアナログ放浪記』
シーディージャーナル

Amazonで商品詳細を見る

楽天市場で商品詳細を見る

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2024年
5月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店