文・絵/牧野良幸
俳優の山本圭さんが3月に亡くなられた。そこで今回は山本圭さんが出演した映画『氷点』を取り上げる。三浦綾子のベストセラー小説の映画化で1966年に公開。
山本圭と言えば、まず浮かぶのが正義感が強くでいちずな人物の役柄だ。あの表情、あの声。逆境の中でも信念を貫く人物は見る人の胸を打つ。
たくさんの出演作の中で僕が特に印象深いのは、『新幹線大爆破』(連載第24回 https://serai.jp/hobby/340300)での社会に不満を持つ犯人、『鬼龍院花子の生涯』でのヤクザの脅しにも動じない労組の組合員である。
さすがに犯人役は社会的に問題があるとは言え、信念に燃えた姿は憎めなかった。これも山本圭が演じたからこそだろう。こういう登場人物は純真ゆえに傷つくのが運命なのだが、挫折した姿に哀愁が漂うのもまた山本圭ならではだ。
『氷点』でも山本圭はいちずな若者を演じている。映画の主人公で継母に虐げられながらも明るく生きる辻口陽子、その兄の辻口徹の役である。
ここで原作のことを書いておくと、三浦綾子の小説は1964年から65年にかけて朝日新聞に連載された。当時大変な話題となり氷点ブームさえ起きたと言う。といっても僕はその頃小学生だったので小説は読んでいない。またテレビで放送されたドラマもテレビ大好き少年だったわりには見た記憶がない。
しかし実際に読んだり見たりしなくても、『氷点』という重そうな小説やドラマがあることは子どもでも知っていた。ちょうどベトナム戦争のように子どもには意味がわからないけれども大人が騒くから気になる、その類のものだ。“氷点”という二文字の向こうにどんな深い世界があるのか、子どもながらドキドキしたものである。
今回映画を見てそれが間違っていなかったことを知った。確かに人々をひきつけるストーリーだ。
旭川で病院を経営する辻口啓造(船越英二)。ある日、妻の夏枝(若尾文子)が目を離していた間に娘ルリ子が殺されるところから物語は始まる。
啓造は娘が犯罪に巻き込まれた原因を、夏枝が他の男と会っていたからと疑る。啓造は夏枝を憎んだ。
啓造は娘を殺した殺人犯の子、陽子を養女として引き取ることにした。夏枝には陽子の素性をあかさず育てさせることで、妻の不義への復讐としたのだ。自分に対しては「汝の敵を愛せよ」という日頃持っている信念を実践したつもりだった。
しかしほとんどの人間は聖人君子にはなれない。啓造は自分のたくらみに苦悩し、夏枝はあるきっかけで陽子が自分の娘を殺した犯人の子と知ると、陽子に冷たくあたるようになる。
陽子(安田道代)はそんな中でも明るく育った。陽子をはげまし助けるのが兄の徹だ。啓造が妻の不貞を問い詰めているのを耳にするや、両親に怒りをぶつける。
「大人なんて勝手だ! みんな汚いよ!」
山本圭ほど権力に立ち向かう弱者の叫びを表現できる俳優はいないと思う。
徹は陽子の出生の秘密も知ってしまった。徹は陽子を兄妹ではなく女性として愛すようになる。徹と陽子に告白した。
「陽子、ずっと女性として好きだったんだ」
自分が養女だということに気づいている陽子だったが、徹の妹ルリ子を殺した犯人の子とまでは知らない。陽子は結婚の申込みを明るく断る。
「何言ってるの、お兄さんは私のお兄さんよ」
陽子には好きな人がいたのだ。徹が紹介した友人だ。徹は陽子を愛しながらも身を引く。この苦悩も山本圭が演ずると映画の中の演技で終わらない。徹の苦しみが見るものの胸に突き刺さる。
物語は徹の暖かいまなざしとは裏腹に、陽子を悲劇へと追い込んでいく。陽子は自分が犯罪人の子だということを夏枝から知らされると、睡眠薬を飲んで自殺を図るのだ。
どんな逆境でも明るかった陽子の心も、“氷点”に達して凍りついてしまった。三浦綾子が小説に込めた「人間の原罪」というテーマがここにある。
生死をさまよう陽子のもとに彼女の本当の出自が届くのだが、それを知って辻口家の家族は驚きとともに深い悲しみに陥る。それは映画を見ているこちらも同じで、最後に救いをもたらすのが徹の言葉なのである。
「お母さん、助かりそうだ。陽子は!」
山本圭の言い回しはここでも実直で、陽子が助かることを暗示している。
『氷点』では原罪に関係のない人間などいないことが描かれる。その中で陽子をささえる辻口徹だけは、愛と誠実さで原罪と向かい合おうとする人物である。これは山本圭が演じたからこそ強く伝わるのだと思う。
山本圭さんのような個性のある俳優が亡くなったのが惜しまれる。ご冥福を心よりお祈りします。
【今日の面白すぎる日本映画】
『氷点』
1966年
上映時間:97分(モノクロ)
監督:山本 薩夫
原作: 三浦綾子「氷点」
脚本:水木洋子
出演:山本圭、若尾文子、安田道代(現:大楠道代)、船越英二、森光子、成田三樹夫、津川雅彦、ほか
音楽:池野成
一
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp