京都ほど謎が多い都市はありません。それは京都が時代の流れに順応しながら再生し続けてきた都市だからです。京都を俯瞰して地形に注目すると、京都で起きたさまざまな出来事の理由や過去の町の痕跡が見えてきます。そこで、1200年続く京都の成り立ちから現代までの謎と秘密を「地形」や「地理」の観点から迫り、京都独特の歴史の謎を解き明かす書籍『カラー版 地形と地理でわかる京都の謎』(宝島社新書)から、織田信長と本能寺の謎をご紹介します。

文/青木康、古川順弘

京都を追放された法華宗勢力

戦国時代で最も有名な事件といえば、天正(てんしょう)10年(1582)に明智光秀が主君である織田信長に対して謀反を起こした「本能寺の変」だろう。

信長が簡単に光秀に打ち取られた理由は、多くの書籍で紹介されている。応仁の乱(1467~1477年)後、京都の街は上京と下京の南北に分かれて市街地を形成し、それぞれ構(かまえ・土塀)によって囲まれていた。当時の本能寺は下京のこの構の外にあり、さらに市街地より約4メートルも低い地にあった。宣教師のルイス・フロイスは、本能寺周辺について「町外れにあり、極めて下層の人々が住んでいる」エリアと記録しており、市街地の崖下にあり水はけが悪く、居住にはあまり適さなかった場所だったようだ。本能寺は、いわば「場末の地」だったのである。なぜ信長は無防備な本能寺を宿泊先のひとつとして選んだのか。

そもそも本能寺が市街地から締め出された形で建立されているのには理由があった。本能寺は何度もほかの宗派による焼き討ちなどで、焼失あるいは破却された歴史がある。信長が泊まったときの本能寺(四条西洞院)は4度目に再建されたものだ。

出典:『カラー版 地形と地理でわかる京都の謎』(宝島社新書)

本能寺が四条西洞院に移転したのは、天文5年(1536)に起きた天文法華(てんもんほっけ)の乱が原因である。法華宗は13世紀に日蓮によって開かれた法華経に帰依(きえ)する宗派である。ほかの宗派に比べて新興勢力である法華宗はたびたび他宗派と衝突した。とりわけ同じく法華経を重要視する天台宗(比叡山延暦寺)との対立が深かった。

天文5年、説法をしている天台宗の僧侶に対して、通りかかった法華宗の僧侶が問答を仕掛け、論破したことから争いに発展。延暦寺は、園城寺、東寺、祇園社、興福寺などの既存の仏教勢力に協力を求めて、6万人(15万人ともいわれる)もの軍勢を揃えた。これに対抗する法華一揆はわずか2万だった。

この天文法華の乱で、京都にあった法華宗の21の寺が焼かれ、さらに京都市中における布教が禁じられた。法華宗は禁教となったのである。敗れた法華勢力は、京都から堺に退去した。勅許によって法華宗の禁教令が解かれたのは、天文11年(1542)のことだ。こうして天文14年(1545)に再建されたのが、信長が泊まった本能寺である。本能寺が構の内側になく、当時は低湿地だった悪地に再建されたのは、天文法華の乱によって京都から締め出されたからなのである。

鉄砲で結びついた信長・堺商人・法華宗

信長が本能寺を宿泊先とした理由は、法華宗が鉄砲の製造・流通に深くかかわっていたからともいわれている。この法華宗の大本山が本能寺である。種子島を統治していた種子島時氏が法華宗へ改宗したことから、種子島は本能寺の教化支配地域であり、本能寺には早くから鉄砲が集まっていたとする説がある。

法華宗が鉄砲に精通していたのは、種子島が教化エリアだっただけが理由ではない。天文法華の乱で京都を追放された法華宗勢力が頼ったのが堺商人だった。堺商人が法華宗と結びついたのは、法華宗が持つ全国規模のネットワークがあったからだろう。15世紀後半につくられた本能寺の規則である『当門流尽未来際法度(とうもんりゅうじんみらいさいはっと)』では、全国の末寺の住職が本山である本能寺への参詣を義務付けている。こうしたことから、本能寺の末寺がある種子島、堺、備前、三井、越前、備後、駿河といった地域と深いパイプがあった。

そして堺といえば、当時の日本における一大鉄砲生産地である。堺商人の今井宗久(そうきゅう)が信長の御用商人として特権を得たことが知られている。堺商人は法華宗のネットワークを利用して、鉄砲の原材料や火薬の調達を行ったのである。信長が本能寺を選んだのは、鉄砲における法華宗と堺商人の力に注目し、協力体制を築いていたからなのだ。

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『カラー版 地形と地理でわかる京都の謎』(青木康、古川順弘 著)
宝島社新書

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青木康(あおき・やすし)
埼玉県生まれ。学習院大学法学部卒業。神社専門編集プロダクション・杜出版株式会社代表取締役。全国の神社を巡り、地域ごとに特色ある神社の信仰や歴史学の観点から神社を研究、執筆活動を行う。主な編書に『完全保存版! 伊勢神宮のすべて』『歴史と起源を完全解説 日本の神様』『カラー版 日本の神様 100選』『日本の神社 100選 一度は訪れたい古代史の舞台ガイド』(いずれも宝島社)などがある。

古川順弘(ふるかわ・のぶひろ)
神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。宗教・歴史分野をメインとする編集者・文筆家。著書に『古代豪族の興亡に秘められたヤマト王権の謎』(宝島社新書)、『仏像破壊の日本史』(宝島社新書)、『神社に秘められた日本史の謎』(新谷尚紀監修、宝島社新書)、『人物でわかる日本書紀』(山川出版社)、『古代神宝の謎』(二見書房)、『物語と挿絵で楽しむ聖書』(ナツメ社)、『古事記と王権の呪術』(コスモス・ライブラリー)などがある。

 

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