取材・文/田中昭三
いま京都では第51回「京の冬の旅」キャンペーンが実施されている。今回のテーマは「大政奉還150年記念」。江戸時代末期の慶応3年(1867)、徳川15代将軍慶喜は政権を朝廷に返上。ここに日本の近代化が始まった。
それを記念して幕末ゆかりの寺院を中心に14か所で、日頃は非公開の文化財が特別公開されている。今回紹介するのは、幕末の文久年間(1861~64)に公武合体を指導した薩摩藩の島津久光が宿舎とした知恩院。大規模な建築や襖絵、庭園など見どころいっぱいであるが、その大方丈と小方丈が、今だけ公開されているのだ。
知恩院は東山三十六峰の第21峰華頂山(かちょうざん)の麓に建つ。伽藍は山の斜面に広がり、下段に国宝の三門、中段に同じく国宝で知恩院最大建築の御影堂(重文)や大方丈(おおほうじょう)、小方丈(こほうじょう、ともに重文)が立ち並ぶ。そして上段には、勢至堂(重文)や法然上人御廟など知恩院の歴史を伝える伽藍がひっそりと佇む。
現在特別公開されている大方丈・小方丈は、まさに江戸時代初期の襖絵の宝庫である。絵画に興味のある人には、またとない機会といえる。
大方丈には上段・中段・下段の間や鶴の間、松の間などがある。最も広いのは54畳の鶴の間。北・東・西面に16面の襖がある。襖は総金箔で、9羽の鶴を中心に松、岩、流水などが華麗に描かれている。見どころはもちろんさまざまな動きを見せる鶴である。
襖絵を描いた画家は狩野尚信(かのうなおのぶ、1607~50)とされている。日本最大の画家集団・狩野派の一員で、狩野派のスーパースターだった探幽(たんゆう、1602~74)の実弟である。尚信の作品はあまり残されておらず、まとまって見るにはここ知恩院がお勧めである。
鶴の間の西隣に位置するのが松の間。広さは27畳。襖は北・東・西面に14面。やはり総金箔で鶴も描かれているが、こちらは松が主体である。この襖絵の作者も狩野尚信という。狩野派が最も得意とする豪快な松が、襖から飛び出すほどの力強さで描かれている。
大方丈を拝観したら、廊下でつながっている小方丈へ行こう。こちらには上段の間(15畳)、下段の間(21畳)のほかに、雪中山水の間(21畳)や花鳥の間(10畳)などがある。
小方丈の襖絵は山水画が中心。大方丈とは異なり潤い豊かな山水の情景が描かれている。なかでも下段の間の四季山水図は、夏景と冬景の対比が見事である。廊下から目近に拝観できるので、じっくり鑑賞したい。
大方丈・小方丈に面して池泉回遊式の庭が広がる。僧玉淵(ぎょくえん)作と伝える江戸時代初期の名園である。方丈拝観の後は庭に降りてゆっくり散策したい。苑路から方丈を見返せば、その建築の壮大さと美しさが改めて実感できるはずである。
【知恩院】
■住所:京都市東山区林下町400
■公開日: 2017年1月7日(土)~3月18日(土)まで。1月10日(火)~19日(木)および2月17日(金)は拝観休止。
■時間:10時~16時(受付終了)
■料金:大人600円(個人は予約不要)
■問合せ先:京都市観光協会 電話075・213・1717
※ 第51回 京の冬の旅キャンペーン公式サイト
https://kyokanko.or.jp/huyu2016/
取材・文/田中昭三
京都大学文学部卒。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。