文/池上信次

キース・ジャレットの映像作品の紹介を続けます。前回(https://serai.jp/hobby/1087254)紹介したように、キースの映像作品は全8作。そのうちの7作が「ライヴ・イン・ジャパン」です。どうして日本でばかり映像作品を作るのか? その明確な答えが『キース・ジャレット・トリオ・コンサート 1996』のライナーノーツ(ビデオアーツ・ミュージック/初版LD・VHS)にありました。そこに掲載されている阿部好宏氏によるインタヴューから抜粋します。

(ライヴ・レコーディングに対する考え方について)「(前略)聴衆の誰もいない環境というのは表現者にとって望ましいものではないと思う。特に局面ごとの感情を音に置き換えて提示する即興演奏者の場合、スタジオの沈滞した空気というのはマイナスに作用することの方が多いんだ。(中略)インプロヴィゼイションというのは特別なもの。聴衆を前にして演奏すると、彼ら一人一人の人生や、それを育んだ文化までもが、演奏者の音楽にはね返ってくるという現象が起こる。一種の化学反応なんだ。(後略)」

(日本の聴衆について)「世界中のどんな土地の聴衆にも、固有のバイブレーションというものがある。それは、その国の歴史や伝統に基づいた一種の文化であり、私と聴き手とが同じコンサート・ホールの中で空間を共有するということは、それぞれの異なった文化を互いに突き合せることに他ならない。表面的なことだけを捉えてみても、たとえばイタリアだと騒々しかったり、日本だと静かだったり、アメリカだとこちらが想像もしないようなリアクションがかえってきたりする。それは、どれが演奏に好都合で、どれが最悪の環境かという区別のできるものではない。(後略)」

そして、それに続いて、

(日本での公演の模様を多く映像作品として残す理由について)「コンサートにおける演奏を形に残すとなると話は別で、音のみ収録するのにはフィードバックの大きな聴衆の方がいい。だが、ビデオ収録となると日本の静かな聴衆の助けが必要になってくる。こちらに向けられたカメラの存在は、気が散る原因になりやすいので、出来る限り静かな環境で演奏に集中することが大切になってくる。しかし、同時に創造性にあふれた演奏のためには観客からのバイブレーションも欠かせない。集中もできてフィードバックもある、日本はちょうどいい具合なんだ。(後略)」

この発言からも、キースの映像作品はとても慎重に作られていることがうかがえます。ですからキースにとって映像作品は音楽作品同等と考えていいと思いますが、実際、2作の映像作品の音源がCDとしても発売されました。映像作品『キース・ジャレット・トリオ・コンサート 1996』(ビデオアーツ)はCD『TOKYO ‘96』(ECM)として、映像作品『東京ソロ 2002 The 150th Concert in Japan』(ビデオアーツ)はCD『レイディアンス〜ソロ 大阪-東京』(ECM)というタイトルです。


キース・ジャレット『レイディアンス〜ソロ 大阪-東京』(ECM)
演奏:キース・ジャレット(ピアノ)
録音:2002年10月27日(大阪)、30日(東京)
これまでのキースのソロ・ピアノ・インプロヴィゼーション作品はほとんどが長時間の演奏でしたが、このコンサート・ツアーからは短い演奏を数多く行なうスタイルに変わりました。

映像とCDを比較してみると、そこにはいくつかの発見がありました。

まず、『キース・ジャレット・トリオ・コンサート 1996』と『TOKYO ‘96』ですが、映像のほうが収録時間が長いため曲数のカットは当然なのですが(CDは2曲少ない)、収録曲の1曲「モナ・リザ」が編集されていたのです。映像ではアタマのテーマはゲイリー・ピーコックのベースが弾いているのですが、それがカットされていて、CDではリピートのキースが弾くところから始まっています。CD収録時間を最大限に使っているので、やむを得ないものだったのかもしれませんが、これまでのキースのライヴは「即興ドキュメント」という思い込みがあったので(ありますよね?)ちょっと驚きました。

『レイディアンス〜ソロ 大阪-東京』にはもっと驚きました。このCDは2枚組で、曲名は「レイディアンス・パート1」から「パート17」の番号がふられています。「パート13」までが大阪のライヴで、それ以降が『東京ソロ 2002 The 150th Concert in Japan』の音源を使った東京のライヴです。映像のほうは楽曲タイトルが違うので対応させると、CD「レイディアンス・パート14」が映像の「パート1a」、以下同様に「15」が「1b」、「16」が「2d」、「17」が「2e」となりますが、そのうち「16」は3分23秒、「2d」は8分35秒と約5分の違いがあります。CDは曲の途中でカットしていたのでした。カットのあとは拍手が自然にかぶるので、CDだけでは気がつくことはありません。これはあえてカットしたと思われますが、ライヴ作品でもカットや繋いだりする編集はふつうに行われていることなので、キースの作品も例外ではないのだな、と認識を新たにした次第です。ちなみにSpotifyでこのアルバムの各曲再生回数を見ると「16」はほかの曲より桁違いに多くなっており、編集は見事に奏功しているようです。となると、これまでの即興ソロも、もしかして……?

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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