前回まで、モダン・ジャズの時代ではシングル盤は重要な「商品」だったという話をしてきましたが、シングル盤にはもうひとつの大きな目的がありました。それはプロモーションです。モダン・ジャズの時代にはジュークボックスが大切なプロモーション・メディアでした。たとえば、ブルーノート・レコードではこんなシングル盤も作っていました。


ドナルド・バード『ペンタコスタル・フィーリング/ナイ・ナイ』(ブルーノート/7インチ・シングル盤)
演奏:ドナルド・バード(トランペット)、ウェイン・ショーター(テナー・サックス)、ハービー・ハンコック(ピアノ)、ブッチ・ウォーレン(ベース)、ビリー・ヒギンズ(ドラムス)
録音:1961年12月11日
このA面の、エディットされたヴァージョンはCD化されていない。マニアックなネタだが、このシングル盤のランアウト(内周部)にはVAN GELDERの刻印がある。

これは、一般には販売されていなかったジュークボックス専用レコード。ジャケットはLPをそのまま縮小したデザインで、ジュークボックス用のジャケットとラベルのシートが付属しています。33回転で両面とも収録時間は6分半ほど。A面はLPヴァージョンに比べて20秒ほど短くエディットされているところをみると、6分半がジュークボックスの時間の上限だったのかも。1961年の録音ですが、この盤が作られたのはブルーノートが大手リバティ・レコードに買収された66年以降のこと。おそらく旧譜再発のプロモーションの一環だったのでしょう。

その後、ジュークボックスは下火になっていき、ジャズではシングル盤のリリースも少なくなり、「LP中心」の売り方/聴き方にシフトしていくことになります。しかし、シングル盤はプロモーション用メディアとして、その後も長く生き残りました。そのプロモーション先はラジオ局です。ラジオは1920年代に登場して以来、ずっと「ヒット」への大きな影響力を持っていました。レコード会社のプロモーションマンたちは、オンエアしてもらうためにシングル盤をラジオDJに配りまくりました。ポップスの楽曲はいつの時代もシングル・サイズです。オンエアする曲の長さはそれが基準といえましょう。しかし、ジャズ・アルバムの収録曲は長いものが多いので、そのままではかけてもらえません。もちろんLPそのままのプロモ盤もありますが、レーベルとしてはより多くオンエアしてもらえるよう、そこから「推し曲」を選び、楽曲を短くエディットして、プロモーションの定型フォーマットといえるシングル盤を作ったのです。どんなにシリアスなジャズでも、レコードを出す限りはビジネスです。多くの人の耳に届いて評価される(そして売れる)ためには、プロモーションは不可欠なのです。

では、そんな典型的なプロモーション用シングル盤(以下、プロモ・シングル)を紹介します。アーティストはキース・ジャレット。「売れ線」とは無縁のイメージですが、レコード会社はちゃんとプロモ・シングルを作っていました。キースのプロモ・シングルは、少なくない種類が作られていましたが、今回はまず1枚。


キース・ジャレット『アンコール・フロム・ザ・ケルン・コンサート(Excerpt)』(ECM/プロモ・シングル)
演奏:キース・ジャレット(ピアノ)
録音:1975年1月24日
「ラジオ放送限定。非売品」。CDにはなっていない。レーベルが白いのは慣例。「白ラベル」といえばプロモーション盤のことを指す。

これは『ザ・ケルン・コンサート』のプロモ・シングルです。『ザ・ケルン・コンサート』はキースの代表作の1作で、LP2枚組、1面1曲(というか、ひとつながりの演奏)収録のソロ・ピアノのインプロヴィゼーションです。曲名も「ケルン 1975年1月24日(パートⅠ)」から始まる、パートの番号が違う4曲で、曲名からその内容は推測すらできません。ラジオDJが、それを全曲聴いていいところをピックアップするというのは、まあ面倒なことですよね。そのままでは、オンエアしてもらえる可能性はかなり低いといえましょう。そこで、プロモ・シングルの出番です。

レコード会社が選んだ『ザ・ケルン・コンサート』の「押し曲」は、「ケルン 1975年1月24日(パートⅡc)」でした。これは、アンコールとして演奏された最終トラックで、拍手を含むトラック・タイムは約7分。このパートだけはメロディとコード進行のある「曲」の体裁をとっているのですが、プロモ・シングルでは、そのメロディから始まり、ソロを経てメロディに戻ってリタルダンドしてきちんと終わる形にエディットされました。1分以上続く拍手も当然カット。曲名は「アンコール・フロム・ザ・ケルン・コンサート」。いいところを凝縮したタイムは4分10秒。じつによくできたエディットなのですが、じつはそれはB面。A面はなんとこれよりさらに短い2分40秒ヴァージョンなのでした。さすがにフェイドアウトになっていますが、4分でもまだ長いかも、ということだったのでしょうか。

こうして、LPレコード2枚組、全67分のソロ・ピアノ即興演奏、しかもタイトルは地名と日付という、たいへん「売りにくい」アルバムだったであろう『ザ・ケルン・コンサート』は、2分40秒の「アンコール・フロム・ザ・ケルン・コンサート」の1曲となって、全米のラジオ局からヘヴィ・ローテーションでオンエアされたのでした(オンエアについては想像です)。そして、そのプロモーションの甲斐があって(か?)、『ザ・ケルン・コンサート』は、現在までになんと400万枚も売れた(udiscovermusic.com 2021.1.24発表記事による)特大ロングセラーになったのでした。もしプロモ・シングルが作られなかったら、あるいは作ってもこれとは別のエディットだったら、その数字も変わっていたかもしれませんね。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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