文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1086303)でも触れましたが、ジャズではレコードLP/CDなどの「音楽」作品(以下CD作品)が鑑賞メディアの中心で、評論・紹介もそれらを中心になされますが、忘れてはならないのが「映像」作品です。慣習なのか多くのディスコグラフィーでは除外されていますが、それにより存在自体が知られていなかったり、さらに「知られていない→発売されない」の悪循環に陥って埋もれている作品も多く見受けられます。しかし、CD作品以上にそのアーティストにとって重要な映像作品も少なくなく、とくにキース・ジャレットの作品系列では映像作品を無視することはできません。

キース・ジャレットはたいへん多作で、現在までにCD作品のソロ・ピアノ(以下ソロ)は20作、いわゆるスタンダーズ・トリオ(以下トリオ)が21作あります(LP10枚組『サンベア・コンサート』もCD6枚組の『アット・ザ・ブルーノート』も1作品として数えてますので、枚数にすればもっと多くなります)。

そして映像作品はソロとトリオ、全部で8作あります(下記リスト)。『バーモント・ソロ』は海外制作のライヴで、そのほかはすべて「ライヴ・イン・ジャパン」です。ジャズの映像作品はこれまでたくさん作られていますが、キースの映像作品は「特別」です。映像作品はCD作品とは異なる状況で作られているものが多いのですが、キースの場合、通常のCD作品もソロ、トリオともほとんどがホールでのライヴ録音ですので、音楽はCD作品と映像作品の違いがないのです。ですから、映像作品もCD作品と同様に「聴く」だけでも成立する(はず)ものであり、CD作品と同様に扱うべきものなのです。


キース・ジャレットの映像作品
(1)『キース・ジャレット/バーモント・ソロ』(Cavelight Corporation)1977年8月26日 アメリカ・バーモント州シェルバーン
(2)『キース・ジャレット/ラスト・ソロ』(ビデオアーツ・ミュージック)1984年1月5日 東京・簡易保険ホール
(3)『キース・ジャレット・トリオ/スタンダーズ・ライヴ ’85』(同上)1985年2月15日 東京・厚生年金会館
(4)『キース・ジャレット・トリオ/スタンダーズ・ライヴⅡ』(同上)1986年10月26日 東京・昭和女子大学人見記念講堂
(5)『キース・ジャレット/ソング・ブック〜ライヴ・アット・サントリーホール』(同上)1987年4月14日 東京・サントリーホール
(6)『キース・ジャレット(トリオ)/ライヴ・アット・イースト 1993』(同上)1993年7月25日 東京・オープンシアター・イースト
(7)『キース・ジャレット・トリオ・コンサート 1996』(同上)
1996年3月30日 東京・オーチャードホール
(8)『キース・ジャレット/東京ソロ 2002 The 150th Concert in Japan』(同上)2002年10月30日 東京・東京文化会館

[タイトルは国内盤初発売時のもの。( )はオリジナル制作会社。(1)はVHS、(2)〜(7)はレーザーディスク、(8)はDVDがオリジナルのメディア。現在廃盤のものも含みます]


これら映像作品の中で、とくに注目なのは、(5)『ソング・ブック〜ライヴ・アット・サントリーホール』です。これはジャケットの英語タイトルが『Solo Tribute / The 100th Performance In Japan』となっているように、日本での100回目のコンサートを収録したもの。でも注目点は「100回記念」ではなくて、その演奏曲目。収録全14曲のうち13曲がスタンダード曲なのです。キースのソロによるスタンダード作品集は、この10年後の1998年録音の『メロディ・アット・ナイト・ウィズ・ユー』(ECM)があるだけです(しかも病気からの復帰作で自宅録音という特殊な作品)。この「100回記念」を含むツアーは、2日前の同会場でのステージもライヴ録音されており、それはCD『ダーク・インターヴァル』(ECM)としてリリースされていますが、プログラムはまったく異なるソロ・インプロヴィゼーションでした。この1日限りのステージは、(結果的に)キース唯一の「ライヴによるソロ・スタンダード集」となったのです。


キース・ジャレット『星影のステラ(Standards Live)』(ECM)
演奏:キース・ジャレット(ピアノ)、ゲイリー・ピーコック(ベース)、ジャック・ディジョネット(ドラムス)
録音:1985年7月2日
「スタンダーズ」の4作目にして初ライヴCD。これまでのスタンダーズの3作は1回のセッションによるスタジオ録音でしたが、その後もスタンダーズのスタジオ録音盤は1作しかありません。スタンダーズはライヴで音楽を作るグループなのです。

(2)の『ラスト・ソロ』も特別な一作。なぜ「ラスト」なのかというと、じつはこの来日公演はトリオ(『スタンダーズ』発表後初)で予定されていたのですが急遽ソロとなり、しかも「ソロはこれで最後」というふれ込みで行なわれたものだったから。当人が宣言した「最後」ですから、当然気合の入った演奏になったわけですが、CDでは出ていません。その後トリオは翌年に来日が実現し、その記録が(3)『スタンダーズ・ライヴ ’85』となりました。スタンダーズ・トリオの最初のCD作品はスタジオ録音で、初めてのライヴ盤CDは『星影のステラ(Standards Live)』(ECM/85年録音、86年発表)ですが、『スタンダーズ・ライヴ ’85』はそれに先んじて発表された「ほんとうの」初ライヴ作品だったのです。そして『ラスト・ソロ』から3年後の87年、「宣言」はあっさり撤回され、日本でソロ・ツアーが行なわれました。その記録となったのが『ソング・ブック〜』と『ダーク・インターヴァル』だったのです。

最後のソロも最初のトリオ・ライヴも、さらに宣言撤回ソロも、1980年代のキースの音楽活動の節目は、いつも「ライヴ・イン・ジャパン」にあったのです。これら映像作品はCD作品だけでは聴けなかった、キースの活動履歴を補完する重要な作品ばかりです。また、その後の映像作品も重要なものばかり。これらを「聴かずして」キースの活動を見通すことはできません。
(次回に続く)

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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