強調される頼朝と安達家の絆
A:源頼朝は、1868年に徳川慶喜が大政奉還するまで続いた(建武の新政の数年を除く)武家政権を樹立した「偉人」でもあります。
I: 日本史上、インパクトのある変革の立役者なんですよね。その「偉人」の最期を2週にわたって丁寧に描いたことは、大河ドラマ史上でも特筆すべきことでした。しかも頼朝が荼毘にふされるシーンまで描かれました。なかなか劇中で火葬のシーンを見ることはないので斬新でした。あの炎に込められた作者の思いは何なのか、と深読みしたくなったりして。
A:頼朝の骨壺を運ぶ役目は、安達盛長(演・野添義弘)が選ばれました。〈生前もっとも繋がりの深かった者が仰せつかる役目〉ということでした。安達盛長は頼朝流人時代からの側近で、前週は頼朝落馬の時に居合わせたという設定でした。2週にわたって「頼朝と安達家の絆」が強調された感じです。
I:安達盛長は比企尼(演・草笛光子)の長女の婿ですからね。
A:頼朝と安達家は強い絆で結ばれていたことを、しっかりと覚えておいてほしいと思います。今後、頼家が安達家に何をしでかすのか、そしてその行動が劇中でどう描かれるのか? 拳に力を入れながら注目したいと思います。
I:私も興味あります。なぜこんなことが起きるのか? 「このバカ息子めっ!」という出来事ですもんね。
北条と比企の対立が顕著になる中で
A:頼朝が自身の乳母とその縁者を大切にしていたことは、挙兵時に頼朝の懇請を断り大庭景親側に立った山内首藤経俊(演・山口馬木也)を許したことからもわかります。比企尼つながりの比企能員を重用し、頼家の乳母(めのと)にして、結果的に鎌倉に〈北条×比企〉という対立軸を作ってしまいました。
I:頼朝存命中ならバランスがとれたのでしょうが、頼朝の死が早すぎました。早くも暗雲ですね。架け橋的な存在の比奈(演・堀田真由)の立場も微妙になります。
A:そうした流れの中で、義時と時政の間で核心をつくやり取りがありました。〈父上は北条あっての鎌倉とお考えですが、私は逆。鎌倉あっての北条。鎌倉が栄えてこそ、北条も栄えるのです〉――。なんとも含蓄のある言葉ですが、時政は即座に〈意味がわからねえ〉と切って捨てます。
I:根っこの部分が真逆の考えでは、実の父子といえども今後、協調していくのは無理だということが露呈しました。会社などの組織でも上司と部下が根っこを共有していないと、対立は深まり、仕事はうまくはかどらないですからね。
A:前述のように時政と義時父子の間でも、北条家の家督をめぐる微妙な関係がありますから、その微妙な対立がどう展開していくのか、こちらも注目ですね。
I:ところで頼朝が義時を「家子専一」ともっとも信頼していたということも『史伝 北条義時』などで強調されています。最大の理解者であり後ろ盾であった頼朝の死は、義時にとっても衝撃的な出来事だったと思います。劇中では頼朝の法華堂のことが紹介されました。ここは長く坂東武士、鎌倉武士の心の拠り所となった場所です。鎌倉に行ったらまず鶴岡八幡宮にお参りすると思いますが、八幡宮から徒歩圏内です。そして、そこに行くと頼朝法華堂跡とほぼ隣接して義時の墓があることがわかります。劇中、頼朝は義時に対して〈ずっとわしの側にいてくれ〉言っていましたが、義時は頼朝の「遺言」を守ったわけです。
A:後ろ盾だった頼朝が亡くなり、その上、北条家の家督の問題など、さまざまな懸案があるからこそ、劇中の義時は政子(演・小池栄子)に対して、〈私は鎌倉を離れます〉〈これからの鎌倉に私はいらない男だと思います〉とこぼしたのだと私は理解しています。
I:頼朝の死で義時の立場も崖っぷちに立たされたというわけですね。無役になってもおかしくないですもんね。
A:それを引き留めたのが、姉の政子。このふたりを結びつけたのが、臨終間際の頼朝の髻(もとどり)の中にあった観音様というのは、ちょっと目頭熱盛系の設定でしたね。
I:第24回で頼朝が比企尼に〈観音様は捨て申した〉といっていましたが、念持仏の観音様、ちゃんと持っていたんですね。これが出てきたら義時も断れまいというパワーアイテムでした。
A:〈鎌倉を見捨てないで、頼朝様を、頼家を、私を〉と政子が義時に懇願し、最後に両者は見つめ合いました。事実上の共闘宣言。このシーンは、とっても重要な場面です。
I:今後まさにこのふたりで頼朝が築いた鎌倉幕府を守っていくことになるんですね。文字通り命がけで。ところで物語の折り返し地点になる次週は、参院選挙特別番組のために一回休止になるそうです。一週クールダウンが必要という判断でしょうか。
A:再開第一回は、第二幕の開演になります。義時と政子がいかにして頼朝の幕府を守ろうとしたか、あのシーンはどう描かれるのか、そのとき政子はどういう台詞を発するのか? 義時は劇中どこまで非情になれるのか? 楽しみは尽きません。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を足掛け8年担当。初めて通しで見た大河ドラマ『草燃える』(1979年)で高じた鎌倉武士好きを「こじらせて史学科」に。以降、今日に至る。『史伝 北条義時』を担当。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2022年1月号 鎌倉特集も執筆。好きな鎌倉武士は和田義盛。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり