八重さん水難のシーン、ここがすごい!
I:今週もっとも衝撃的だったのは八重さん(演・新垣結衣)の水難シーンです。そもそも金剛(後の泰時)の実母は「阿波局」「御所で女房を」と記録されているだけで、それ以外のことはほとんどわかっていません。三代執権という重要人物の母親のことがよくわかっていないんですね。
A:時代考証を担当している坂井孝一先生は著書の中で、頼朝と恋仲に陥った伊東祐親の息女八重が御所の女房になった後に、義時と結ばれて金剛の母となるという仮説を立てていました。ですから、それを読まれていた方は、八重が義時の妻となることまでは、予測できていたのだと思います。
I:はい。当欄では、ネタバレになるのかどうかもわからないので、それには触れずにここまできました。なんとなくそうなるのかなあと思っていましたが、それにしても驚きの展開でした。
A:『鎌倉殿の13人』は、「予測不能のエンターテインメント」を標榜していますが、まさにそれ。このような結末になるとは、みじんも予想していませんでした。私は、あの瞬間、思わず絶叫してしまいました。そして、そう来たか! と仰天して、まさかこういう展開にするとは、と感嘆し、恐れ入りましたとひれ伏したい気持ちになりました。
I:大げさだなぁ。どういうことですか?
A:義時が今後どのような女性と出会うのかは、義時の生涯を予習していれば把握できます。それを考えると、八重さんはどういう形で退場するのだろうか、というのが見せ場になることは予想できました。もとより大河ドラマは壮大なるエンターテインメントですから100%史実である必要はありません。
I:はい。
A:私がすごい脚本だと思ったのは、八重さんが水難に見舞われたことです。
I:あ! 韮山の「八重姫伝承」につながるんですね!
A:そうです。韮山(伊豆の国市)の真珠院には八重姫にまつわる伝承が残されています。〈源頼朝との契りの一子「千鶴丸」を源平相剋のいけにえにされた伊藤祐親の四女「八重姫」は〉で始まる案内文には、劇中の描写とは異なるとはいえ、八重姫が入水した経緯を記しています。
I:思いっきり大胆な仮説をもとにしていますから、そもそも八重さんの最期の描写は自由。それを敢えて、地元の伝承に近い水難で着地させる。ゆかりの地に伝わるエピソードに最大限配慮した「大河愛あふれる」脚本になったということですね。
A:その通りです。しかも興味深いことがあります。真珠院には八重さんとともに亡くなったという侍女6人の供養碑があります。今回の劇中では八重姫に殉じたという侍女の方々まで登場しませんでしたが、「ああ、侍女の方々は八重さんを慕い、助けたかったんだろうな」となりませんか?
I:なるほど。確かにその方がリアリティがあります。作者(三谷幸喜氏)は制作陣やエンタープライズの方々よりも「大河愛」が深いのではないかとさえ感じてしまいますね。
A:そうかもしれません。作者は今の3倍から5倍程度の尺を必要としているとも感じます。書きたいこと、描写したいシーンが山ほどある。それを必死になって絞り込んでいる姿が想像できます。
北条時政ゆかりの人々の談笑シーンに秘められた切なさ
A;ところで、現在は伊豆の国市となっている旧韮山町ですが、頼朝と政子(演・小池栄子)の出会いをきっかけにわが国初めての武家政権樹立という歴史をつくりました。その約300年後、伊勢新九郎は、韮山城を本拠に戦国武将小田原北条氏の礎を築き、関東の歴史を変えました。そして、さらに約350年後、幕末の韮山代官・江川太郎左衛門英龍は、いち早く近代化の必要を説き、その私塾には桂小五郎、橋本左内、大鳥圭介ら俊秀が集ったといいます。まさに幕末の歴史転換の立役者でした。
I:世界遺産になった韮山反射炉も完成は息子の代ですが、発案は英龍ですもんね。
A:そう考えると、韮山には歴史を転換させる磁場のようなものがあるのではないかといつも考えてしまいます。次の歴史転換にかかわる人材がすでに韮山の地にいるかもしれません。
I:韮山恐るべしですね。
A:さらに今週は、りく(演・宮沢りえ)に男子が誕生した様子が描かれ、その流れで時政の娘で畠山重忠(演・中川大志)に嫁いだちえ(演・福田愛依)が身ごもったという報告があった場面が特別印象に残りました。
I:喜びの中に、「やがて来る悲しみの種がまかれる」という胸に迫りくるシーンでしたよね。この後の歴史を知っている人にも、あまり詳しくない人にも、今後見続けることで印象に残るシーンとして設定された感があります。
A:時政、りく、全成、大姫、畠山重忠、そして稲毛重成(演・村上誠基)、さらには、生まれたばかりの時政の息子に畠山重忠の身ごもったばかりの子供……。 満面の笑みの中にいる彼らの今後の運命を思うと、あまりに切ない……。
I:1年間見終わって、このシーンを見直したら号泣してしまうかもしれませんね。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を足掛け8年担当。初めて通しで見た大河ドラマ『草燃える』(1979年)で高じた鎌倉武士好きを「こじらせて史学科」に。以降、今日に至る。『史伝 北条義時』を担当。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2022年1月号 鎌倉特集も執筆。好きな鎌倉武士は和田義盛。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり