ライターI(以下I): 前週の上総広常(演・佐藤浩市)粛清の興奮冷めやらぬ鎌倉で義時(演・小栗旬)、八重(演・新垣結衣)夫妻に男子誕生です。「金剛」と名づけられた子が、後の北条泰時かぁ。
編集者A(以下A):『御成敗式目』制定で知られる北条泰時ですが、平家、義仲(演・青木崇高)と三すくみの中で情勢が流動的だった激動の寿永2年生まれ。たいへんな時に生まれたわけです。
I:木曽義仲と戦うために義経(演・菅田将暉)、範頼(演・迫田孝也)らが鎌倉から京に向けて出兵していましたが、本格的な兵員の出兵は上総広常粛清の後。慌ただしい出陣だったんですね。
両陣営を翻弄する後白河院の「手のひら返し」
I:前週に頼朝(演・大泉洋)に対し、勲功第一位の立場を与えた後白河院(演・西田敏行)が、今週は、義仲に対して「頼朝追討の院宣」を与えたようで、頼朝が怒っていました。まあ、怒ってあたり前の「手のひら返し」を後白河院も平然とやるわけですが……。
A:まさに「THE 京都=貴族社会」。武将に詰め寄られたらいとも簡単に手のひらを返す。今後もさまざまな場面で後白河院に翻弄されることになります。そういえば、一昨年の『麒麟がくる』でも近衛前久(演・本郷奏多)とか二条晴良(演・小籔千豊)などの朝廷に翻弄される場面がありましたし、幕末は幕末で「密勅」まで登場するなど、後白河院の時代からおよそ700年の間、「THE京都」は亡霊のように現れ、時としてやりたい放題になります。
I:あれやこれやで、明治維新後に歴史をたびたび翻弄してきた「THE京都」を支えていた「百官」が廃止され、東京に都が移ったこともあり、「THE京都」は、実質的に捨てられることになりました。
A:なにはともあれ、劇中では、ついに坂東武士たちが京に向けて出陣します。大江広元(演・栗原英雄)が〈義仲を滅ぼせば義仲の所領、平家を滅ぼせば平家の所領を皆に分け与えると鎌倉殿は仰せでございます〉と発表しました。
I:これを受けて和田義盛(演・横田栄司)が〈よっしゃあああああ〉と雄叫びをあげました。なんと単純で現金な坂東武士!
A:鎌倉殿と御家人の関係を俗に「御恩と奉公」といったりしますが、なんだかんだいってこういう「切り取り次第」というか、とったもん勝ちの上昇する時代感覚は、その是非はともかく高揚感がありますね。
I:切り取り次第というのも馬に人参ですが、鎌倉に戻ってきた時政(演・坂東彌十郎)が「いつ誰に謀反の疑いをかけられるか、分かったもんじゃねえよ」といみじくもいうように、一種の恐怖支配のような側面もあったのかもしれませんね。
木曽義仲の死
I:さて今週は、義仲の最期が描かれました。平家同様に後白河院の身柄を確保できなかったのは痛手でした。それを考えると後白河院の逃げ足の速さは特筆すべき点ですね。
A:範頼と義経の戦術のやり取りも興味深い内容でしたが、なんといっても義仲の最期ですね。古典の教科書にも採用されていた『平家物語』「木曽最期」での〈日ごろは何とも覚えぬ鎧が今日は重うなつたるぞや〉の義仲の言葉が身に沁みます。さらに、巴(演・秋元才加)との別れの場面、乳兄弟の今井四郎兼平(演・町田悠宇)とのやり取りは涙ものですよね。
I:さすがに『平家物語』をなぞる展開にはなりませんでしたが、後白河院を拉致することもなく、〈その策に義はござらん〉と、やはり男気のある人物として描かれました。義仲、いつか主役で戻ってきてほしいですね!
A:コロナ禍でしょうがないとはいえ、畠山重忠(演・中川大志)と梶原景季(演・柾木玲弥)の宇治川先陣争いなんかも、ほんとうはばっちりロケで尺をとって欲しかったんですけどね。
I:その巴ですが、和田義盛に見初められていましたね。このふたりにまつわる伝承もありますので、今後の展開にも注目です。ところで、義仲の墓所が滋賀県大津市にある義仲寺にあります。境内には松尾芭蕉の墓もありますが、これは義仲の生涯に魅せられた松尾芭蕉の遺言で建立されたもの。義仲寺は「急がば回れ」で知られる瀬田の唐橋から約5キロの地にあります。境内に芭蕉の弟子の又玄が義仲好きの芭蕉を偲んで吟じた有名な〈木曽殿と背中合わせの寒さかな〉の句碑もあります。瀬田の唐橋は古来の要衝で、小一時間かけて近辺を散策するのも楽しいですね。琵琶湖畔の松原を見ると、当時の様子が目に浮かぶようで胸にこみあげるものがあります。
A:義仲と芭蕉では約500年の時代の開きがあります。今の私たちが織田信長の塚の隣に葬ってくれという感じでしょうか。ところで、芭蕉が義仲を詠んだ句が二句あります。句碑が福井県の南越前町にある〈義仲の 寝覚の山か 月悲し〉と〈木曽の情 雪や生えぬく 春の草〉。こちらはJR膳所駅前に句碑があります。
I:芭蕉が出てくるなら芥川龍之介も外せません! 芥川が中学時代に書いた『木曽義仲論』にはこんな一節があります。〈彼の一生は失敗の一生也。彼の歴史は蹉跌の歴史也。彼の一代は薄幸の一代也。然れども彼の生涯は男らしき生涯也〉。なんだか涙が出そうになりますね。
義経VS.平家との戦い
A:景時(演・中村獅童)が義経に対して二度までも〈八幡大菩薩の化身〉と語っていました。戦神の八幡大菩薩ですよ! 人生の中で、「こいつには絶対かなわない」と力量の差を痛感することもあるわけですが、やっぱり義経の戦術・軍略は突出していたんでしょうね。この場面を見て、改めてそう思いましたし、これがまた菅田将暉さんにピタッとはまっているのが凄いですよね。ちょっと感動しました。
I:さて、寿永2年7月に都落ちした平家は讃岐の屋島に本拠を移していましたが、10月に水島(現在の岡山県)で義仲軍を撃破します。義経が義仲を破った時は、かつて清盛が都を置いた福原(神戸市)まで押し返していたわけです。もし、範頼・義経軍と義仲軍の戦いがこう着状態になっていたとしたら、平家が都を奪還したかもしれません。そうなったら、「頼朝・義仲・平家」さらには奥州の藤原秀衡(演・田中泯)陣営も加えて、約300年早く「戦国時代」になっていたかもしれません。 そう考えると、劇中で梶原景時が義経のことを〈八幡大菩薩の化身〉と称賛するのももっともなことです。
A:やはり義経は天才だったんでしょう。劇中でも当時の「常識」をことごとく覆していく様子が描かれ、後白河院にも平家への和平工作を頼んでいます。和平工作で平家を油断させようという魂胆です。後白河院も〈こういうの大好きじゃ〉とほくそ笑んでいました。そして、義仲からの使者の首を斬るという蛮行にまで手を染めます。従来であれば、使者に手出しをするのは禁じ手ですからね。後年、北条時宗率いる鎌倉幕府は、元からの使者を斬ってしまいますけど……。
I:こうしたシーンを見て、「常識知らずの野人」と感じるか「世を変革する改革者」と感じるか、どちらが多いのでしょう。やっぱり「世の中を変えるのは常識知らずの人」っていうことになるのでしょうか。織田信長とか坂本龍馬とか……。
一ノ谷合戦場はどこだ!?
I:さて、義経と平家の戦いの初戦・一ノ谷合戦に向けての軍議の様子が描かれました。景時が土地の小六という人物に〈鵯越(ひよどりごえ)〉が断崖絶壁の中で一か所だけややなだらかな場所があることを語らせていました。ところが、義経は、なだらかな場所だから敵を出し抜くことはできないと喝破します。そして、自らロケハンをしたうえで〈そりゃ無茶だ〉と土地の小六がいう鉢伏山の「蟻の戸」から降りることを決断します。
A:この場面、私は脚本家である三谷幸喜さんの強烈な大河愛を感じました。一ノ谷合戦での義経逆落としの地の比定地については、同じ神戸市内の「鵯越(兵庫区)」「一ノ谷(須磨区)」の2説あるそうです。従来須磨公園近くの「一ノ谷」が定説視されていましたが、4月13日に地元の「神戸新聞next」(https://www.kobe-np.co.jp/news/kobe/202204/0015217272.shtml)には市内の郷土史家の方々の鵯越の方が自然であり、「戦略的価値がある」という声を紹介していました。
I:なるほど。景時が手配した土地の小六に「鵯越」と語らせたうえで、定説視されている「鉢伏山」から逆落としするという展開になっているのですね。
A:「鵯越」と「一ノ谷」は同じ神戸市内とはいえ、8kmほど距離があります。私は両方とも訪れたことがありますが、やはり郷土史家の方々と同じ感想を抱いていました。今回の登場でまた議論が深まるといいなと思います。しかし、「鵯越」や「鉢伏山」「蟻の戸」という地名を脚本に挿入してくるのってほんとうに「大河愛」を感じます。
I:大河愛ですか?
A:大河ドラマゆかりの地を取材していると、地元にまつわるエピソードが登場するかどうか、をやきもきしながら待っている方がたくさんいらっしゃることに気づきます。もちろんすべてに対応するのは不可能でしょうが、今回のようにさりげなく挿入されていると「愛だなぁ」って感じてしまうんですよね。
I:なるほど。
A:そういえば、愛知県の桶狭間古戦場も豊明市と名古屋市緑区、島根県隠岐の後醍醐天皇の行在所跡も島後の隠岐国分寺説と島前の「黒木御所跡」説とに分かれています。どちらも取材で訪れていますが、実際に訪れてみると、「これはこっちだよなあ」と個人的な軍配をあげることができます(笑)。一ノ谷と鵯越にもまた行きたくなってきました。
I:なにはともあれ、一ノ谷の合戦が始まりました。躍動する菅田将暉さんの義経、まぶしく感じませんか?
A:はい。なんかわくわくします。菅田義経でスピンオフドラマをつくってほしいくらいです。本作では描かれていない「義経と弁慶の出会い」とか知りたいですね……(笑)。そして、私は、三浦義村(演・山本耕史)が八重のもとに連れてきた女の子のことがなぜか気になっています。いったい、この子は……。
I:初という子のことですか? あまり気にせず流してしまいました。何かの伏線なのでしょうか? あ、なんか気になってしまうじゃないですか。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を足掛け8年担当。初めて通しで見た大河ドラマ『草燃える』(1979年)で高じた鎌倉武士好きを「こじらせて史学科」に。以降、今日に至る。『史伝 北条義時』を担当。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2022年1月号 鎌倉特集も執筆。好きな鎌倉武士は和田義盛。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり