騎馬の義経像(写真提供/小松島市商工観光課)

『鎌倉殿の13人』の第9回「決戦前夜」では、平氏政権の正規軍が戦わずして敗れた富士川の戦いや、源頼朝(演・大泉洋)と弟義経(演・菅田将暉)の黄瀬川での出会いが描かれた。この兄弟の「涙の対面」について、かつて歴史ファンを虜にし、全盛期には10万部を超える発行部数を誇った『歴史読本』(2015年休刊)の元編集者で、歴史書籍編集プロダクション「三猿舎」代表を務める安田清人氏がリポートする。

* * *

『鎌倉殿の13人』第9回では、頼朝(演・大泉洋)と義経(演・菅田将暉)の再会の前段に、頼朝の孤独が丁寧に描かれた。

富士川の戦いで平氏軍は遁走する。頼朝は攻撃の好機とみなし、一気に都にまで攻めあがる意欲を見せたが、付き従っているはずの坂東武士たちはいっせいに反対する。いわく、兵糧がない。いわく、国元が不安なのでいったん帰りたい。いわく、平氏が引き上げたんだから取りあえずいいじゃねえか——。

次々と国に引き上げ始める坂東武士たち。一方、彼らのことを、打倒平氏、打倒清盛を達成するための「手駒」としか見ていない頼朝に対し、北条時政(演・坂東彌十郎)は「戦で命を張っているのは俺たちなんだ!」と啖呵を切る。

頼朝は、流人の時代から今にいたるまで、結局自分はひとりきり、孤独の身であるとため息をつく。いや、あなたも坂東の武士たちを見下していたじゃないかという突っ込みは正しい。むしろこの脚本は、視聴者にそうした「突っ込み」を期待している。それが後々、物語を深く理解し、没入するための助けとなるからだ。

孤独に打ちひしがれる頼朝の前に現れたのが、九郎義経。兄の挙兵を聞き、いてもたってもいられずに駆け付けたと涙ながらに訴える義経。しかし九郎は奥州藤原秀衡(演・田中泯)のもとにいたはず。頼朝は「こいつ本当に九郎か?」といぶかしげな視線を送る。横から北条義時(演・小栗旬)がたまらず声をかける。水を差すようで申し訳ないが、九郎殿であるという証拠はあるのか、と。

義経は懐から書状を取り出す。藤原秀衡から頼朝への文だという。書状を改める頼朝。おそらく義経を頼むとでも書いてあったのだろう。間違いない、この若者こそ九郎義経だ。見る見るうちに頼朝の面立ちが押し寄せる歓喜と感動の波にゆがむ。滂沱(ぼうだ)の涙を流して抱擁を交わす兄と弟。やはり血は水よりも濃いというわけか。

「藤原氏の脅威」と義経の参陣

坂東武士を率いる身でありながら、その出自も生育環境も、そして文化も異なる「軍事貴族」であった頼朝は、孤独の中で血を分けた兄弟と出会い、無償の愛や血を分けた兄弟の絆に触れて感涙にむせんだのだろう。

それは、おそらく正しい。頼朝は間違いなく「感動」したのだ。

だが、それだけだろうか。

この時代、貴族や名門武家の間では、兄弟は必ずしも無条件の味方ではない。それどころか、兄弟は往々にして家督や財産、皇位をめぐって激しく争い、命を奪い合う危険な存在でもあった。保元・平治の乱を思い出せば、容易に納得できるだろう。

周知のように、頼朝はやがて義経を葬りさることになるが、それは必ずしも頼朝が酷薄な人間だからではない。「そういう時代」だったのだ。

義経は兄のもとに駆け付けた。ドラマでは引き連れた従者たちは5、6人だろうか。しかし、義経は所領をもつ一人前の武士ではなかったとはいえ、奥州藤原氏の庇護のもとにあり、藤原氏の許可を得て頼朝のもとに駆け付けたのだ。

しかも、藤原氏の有力家臣の子である佐藤継信・忠信兄弟が義経の郎等として従っている。おそらく実際には、少なくとも数十人規模の軍勢を引き連れていたのではないか。

つまり、義経が参陣したということは、軍事的に効果的な加勢であり、奥州藤原氏が味方してくれるか、少なくとも敵対はしないという確かな証しでもあったのだ。

奥州藤原氏は、平氏政権と敵対していたわけではなく、相対的に自立していたと考えられていて、その実力は侮りがたい。関東の鎌倉を本拠として、西に攻め込もうとしていた頼朝にとって、奥州藤原氏は背後を脅かしかねない不気味な存在でもあったわけだ。

義経が来てくれたということは、その奥州藤原氏が脅威ではなくなったということを意味していたのだ。

「大泉頼朝」は、感動の涙を流していた。そこに偽りはない。しかし旗揚げ当時、頼朝は父義朝と縁のあった坂東武士を味方につけるため、相手の手を取り臆面もなく「そなただけが頼り」とすり寄ったではないか。

黄瀬川で義経を抱きしめる頼朝は、そのときの姿と重ねてみるのが正しい。

感動と安心と打算、そのすべてがてんこ盛りとなった頼朝の涙は、実に奥深いものであった。

安田清人/1968年、福島県生まれ。明治大学文学部史学地理学科で日本中世史を専攻。月刊『歴史読本』(新人物往来社)などの編集に携わり、現在は「三猿舎」代表。歴史関連編集・執筆・監修などを手掛けている。 北条義時研究の第一人者山本みなみさんの『史伝 北条義時』(小学館刊)をプロデュース。

 

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