取材・文/坂口鈴香

2年ほど前にこんな痛ましいニュースがあったのを覚えている人もいるだろう。20代前半の孫娘が、親族から認知症の祖母の介護を押しつけられ、祖母を殺してしまったという事件だ。「ヤングケアラー」といわれる、介護を担う子どもの問題が顕在化した事件だったと思う。

子どもが学習や仕事の機会を奪われ、家族の介護を担っているという実態は、これまで埋もれていて表面に出てこなかった。最近マスコミなどで取り上げられるようになって「ヤングケアラー」の存在を知ったという人も多いのではないかと思うが、語感が軽いうえに実態もわかりにくいので、ここでは「介護を担う子ども」という名称を使いたいと思う。

入退院を繰り返す母と一緒に入院していた

現在40歳の三浦道明さん(仮名)も「介護を担う子ども」だった。ヤングケアラーという言葉や概念もなかった時代だ。自分が介護者であることを自覚したこともないし、いつからそうだったのかもわからない。「気づいたら介護をしていた」という。

三浦さんは一人っ子。小学校低学年のときに、30代だった母親の千鶴子さん(仮名)がベーチェット病を発症した。「映画化もされた、さだまさしの小説『解夏(げげ)』で主人公が患った病」だと人には説明している。全身にさまざまな症状が現れる炎症性疾患だ。

「ベーチェット病と診断がつくまでかなり時間がかかったようです。診断がついたあとも不調が長く続き、入退院を繰り返していました。父は仕事があって、母や私の世話はほとんどできませんでした。幼かった私も、精神的にまいってしまったのでしょう。頻繁に体調を壊して母と一緒に入院していました」

三浦さんが高学年になったころ、三浦さん親子の窮状を見かねて、三浦さん一家に頼もしい助っ人がやってきた。母方の祖母、兼子さん(仮名)だ。

「祖母は苦労してきた人で、北海道の炭鉱で働いていた祖父を炭鉱事故で亡くし、5人の子どもを連れて上京。寮母をしながら子どもたちを育てたという、私なんかよりはるかに大変な人生を送ってきていました。やっとゆっくりできるようになったのに家に来て、母の看病や介護、家事もしながら私のことを育ててくれた。私がまともに大きくなれたのも、祖母のおかげなんです」

母の介護のために就職をあきらめた

兼子さんがサポートしてくれるようになって、三浦さんの心身は落ち着いていった。ところが反対に、千鶴子さんの精神状態は悪化していた。長引く不調で、うつ病になっていたのだ。躁状態になったかと思えば、包丁を持って暴れたり、自傷行為をしたりすることもあったという。さらには、認知症のような症状が出るようになり、三浦さんが高校生になるころには、千鶴子さんが夜中に外に出て行くことが増えていった。

「ベランダから裸足で外に出て、歩いていたのを発見したこともあります。強い薬を飲んでいたので、その副作用によるものではないかと思いました。それからは私が担当医と相談しながら薬の調整をするようになりました」

兼子さんと三浦さん、二人三脚で千鶴子さんの介護をしながら、三浦さんはデザイン関係の専門学校に進学した。高校生のころから、放課後に友達と時間を忘れて遊んだことはなかった。それでも三浦さんは、友達と比べてなぜ自分だけ母の介護をしなければならないのか、友達と遊べないのか、不満を抱いたこともつらい思いをしたこともないという。

「この状況が当たり前の日常だったというか、自然と受け入れることができていたように思います。支えになっていたのは、祖母の存在はもちろん、小学校時代からの同級生とその家族がいたことも大きかった。一人っ子の私を家族の一員のように受け入れてくれて、同級生が高校卒業後地元を離れたあとも、友人の弟や両親に会いに行っていたくらいです。友達のお母さんが、うちの父に『これからも長く友達でいてほしい』と手紙をくれて、今も感謝しています」

そんな三浦さんだが、一度だけ千鶴子さんの介護をしていて悔しい思いをしたことがある。専門学校を出たあと、望んだ仕事につけなかったのだ。就職が決まりかけていたのに、介護のために辞退したという。

「祖母も年を取ってきて、祖母一人に母の介護を任せるわけにはいかなくなっていました。父とも話し合って、父の定年までは父の稼ぎで私たち家族が食べて行った方がいいという結論に至りました。それで就職をあきらめて、母の介護に専念することにしたんです」

ボクは「ヤングケアラー(介護を担う子ども)」だった【後編】に続きます】

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

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