ラジオで大洪水被害にあった中国への支援を訴えかける栄一(演・吉沢亮)。

ついに最終回を迎えた『青天を衝け』。幕末、明治、大正、昭和を駆け抜けた渋沢栄一(演・吉沢亮)が最後に見たものとは? 刮目の大河ドラマを語りつくす。

* * *

ライターI(以下I): いよいよ『青天を衝け』も最終回を迎えました。

編集者A(以下A):冒頭、第一次大戦が終戦したことが語られました。1919年。栄一(演・吉沢亮)79歳。今週は、原敬首相(演・石丸謙二郎)まで登場しました。ちょうど今年の9月に出たばかりの中公新書『原敬 平民宰相の虚像と実像』を読み進めていたタイミングだったのでびっくりしました。

I:原敬は渋沢より16歳年少。俗に平民宰相といわれていますが、南部藩士の家系ですから本来は士族なんですよね。

A:栄一と面会をして暗殺というところまであっという間でした。ワシントン軍縮会議のシーンでは海軍の加藤友三郎(演・大森嘉之)と駐米大使の幣原喜重郎(演・近藤芳正)とともに貴族院議長の徳川家達(演・三谷昌登)まで登場しました。徳川さんは慶喜(演・草彅剛)の跡を継いで徳川宗家の当主。約30年にわたって貴族院議長を務めました。大正3年には組閣の大命が降りましたが固辞して「徳川首相」は実現しませんでした。

I:完全慶喜派の栄一は家達とはあまり交流もなかったと思われますが、世間では「十六代様」とも称されていた家達がちらっとですけど登場したのは「快なり!」です。そして、北里柴三郎(演・八十田勇一)もほんのちょっとだけ登場です。栄一と北里博士は大正2年に日本結核予防協会をともに発起人として設立し、渋沢会頭、北里理事長で結核予防に取り組んだり、多くの事業をともに推進した朋友ともいうべき存在でした。

A:2024年から1万円札の顔となる栄一と千円札の顔になる北里柴三郎博士の共演は粋な計らいと感じました。劇中の時代はちょうどスペイン風邪流行の時代。現代もコロナ禍の時代ですから、時宜に合ったマスク問答になりました。

北里博士とマスク問答。

やがて来る首都圏大地震。どうなる日本

I:劇中では、関東大震災も描かれました。栄一83歳の時のことです。栄一が積極的に動いて海外の友人らから多くの義援金が送られたことに触れられていました。

A:2023年には関東大震災から100年の節目の年を迎えます。関東の地震年表をみると、いつ首都圏に巨大地震が発生してもおかしくない状況。これだけ高度に発展した都市が大震災に襲われたらどうなるのか? 大きな被害に見舞われた後、私たち日本人は再起するだけのエネルギーを持っているだろうかと、ちょっと不安になりますね。

I:確かにしっかりと防災意識を高めなければと思わせてくれる場面になりました。劇中では、兜町の事務所が燃えてしまったと紹介されていました。

A:東京は関東大震災(1923年)と空襲(1945年)で大きな被害を受けました。人的な損失はもちろん、文化財、史料なども多くが灰燼に帰しました。『徳川慶喜公伝』編纂の際に蒐集した史料などもこのとき燃えてしまったといいます。

栄一演説の12日後に勃発した「満州事変」

I:劇中では、一挙に時が流れて昭和6年、栄一最期の年になりました。

A:この昭和6年に中国で大水害が発生したとのことで、栄一がラジオの全国放送で寄付を募りました。劇中の演説を聞いて感動したという視聴者も多かったようですが、当時も栄一の演説に感動したという人々が続出したようです。栄一の演説放送は9月6日だったのですが、9月11日付の中外商業日報には「渋沢会長の放送に感激  同情会への大口小口の寄附」と題した記事が掲載されています。記事には、〈あどけない小学児童や小家庭の主婦さんたちから五十銭・一円といふ零細な義捐に 涙ぐましい手紙を添へて送り届て来る〉と二通の手紙が抜粋されています。そのうちの一通は「職人の妻」を名乗る方からで、「栄一の演説の一言一句が胸を打ったこと」「いつの間にか涙が流れたのを子供に見られ、『お母ちゃんなぜ泣いているの?』と問われ面食らったこと」などを綴ったうえで、「ほんのわずかばかりでお恥かしい次第でございますが、貧者の一灯としてお納め下さいませ」と寄付金を送ってきたことが記されています。

I:なんだか涙が出てきますね。いい話です。

A:栄一がラジオの全国放送で中国に対する寄付を呼びかけたのは、9月6日。その演説に感動した人々が続々と寄付をしている中で、中国で何が起きたか――。時系列を整理してちょっと驚きました。栄一のラジオ放送からわずか12日後、「満州事変」が勃発しているのです。

I:司馬遼太郎さん風にいうと、〈昭和陸軍の暴走〉が始まったわけですね。中国で大水害が起こり、それに対して国内で大々的に寄付を募っていた矢先の出来事。栄一はラジオ演説で、関東大震災では多くの義援金をいただいた。それにお返しするとき、という趣旨のことを言っているだけに、なんだか切ないですね。

A:栄一はラジオ放送から約2か月後の11月11日に亡くなっています。第一次大戦の終戦の日、平和記念日です。栄一は、日本がアメリカ相手に開戦することも、敗戦に至ることも知らずにすみました。『青天を衝け』を見て、「もし、栄一がいたら」と思わずにはいられませんし、「渋沢の後に渋沢無し」というのが日本にとって不幸だったという印象を受けました。

I:エネルギッシュに働き通して、「後継者」を育てる時間がなかったということでしょうか。

A:失敗といったら語弊がありますが、ワシントンの軍縮会議の時はすでに80歳を越えていたわけですから、それだけ栄一の存在が大きかったということでしょう。なにしろ90歳を過ぎた栄一が義援金を募るラジオ放送をしたくらいですから、世間が栄一に頼りすぎていたのかもしれません。

大森美香さんの脚本がすごかった

I:さて、最終回では大隈重信(演・大倉孝二)が自邸の庭で栽培していたメロン「ワセダ」が登場しました。明治になると史料は豊富ですから、史実だけでストーリーを展開できるのが強みですね。

A:その大隈に「日本はアメリカと戦争してはならぬ」といわせていました。幕末維新をくぐり抜け、明治に日清日露戦争を戦って来た人々の共通認識だったと思います。なにせ日露戦争はぎりぎり薄氷の勝利だったわけですから。それなのになぜ日米開戦に至ったのか。とかく「軍部の暴走」で片付けられがちですが、いったい何がどうなってそうなったか・・・・・。

I:これを機にしっかり学び直したいと思いました。

A:さて、渋沢栄一は確かにすごい人物ですが、正直大河ドラマで1年間取り上げるほどの人物だろうかと思っていました。ところが、幕末の幕府では小栗上野介らによる近代化が進んでいたこと、明治政府の政策が小栗の模倣でしかなかったこと、明治維新後の新政府を支えていたのは旧幕臣であることなど、これまでにない物語が紡がれていて、目が離せない感じになりました。そこは完全に見誤りましたね。

I:作家の原田伊織さんが提唱した「徳川近代」の存在がクローズアップされたわけですが、それが斬新で、新鮮な印象を与えたのだと思います。

A:幕末維新の出来事を取り上げると得てして重苦しい感じになるのですが、『青天を衝け』では、そうした場面も重苦しくならずに、面白くわかりやすく展開してくれました。1997年の『毛利元就』の内館牧子さんの脚本は、伊達政宗や武田信玄ほど知名度も高くなく、権謀術数に長けた毛利元就の複雑な成り上がり過程をわかりやすくまとめてすごい! と思った記憶がありますが、『青天を衝け』の大森美香さんもすごいと思いました。

I:ほんとうですね。

A:始まる前にはあまり期待していなかったことを素直に詫びたいと思います。申し訳ありませんでした(と頭を下げる)。

I:『青天を衝け』は「明治」を明るく前向きに描いて、私たちをわくわくさせてくれました。栄一の一生の中で、明治の日本は極東の一島国から一等国に昇り詰めましたが、大正から昭和と続く過程で関東大震災があり、昭和に入って満州事変まで勃発します。概観すると、「結局明治とは何だったのか」ということも考えざるを得ません。

A:明治はまさにラストシーンの栄一に象徴されるように全速力で突っ走った時代です。最終回冒頭で北大路家康公が語っていたように、物語の続きは私たちに託されています。『青天を衝け』は総集編も放映されます。もう一度見直して、明治とは何だったのか考えてみたいですね。

I:総集編冒頭でもきっと栄一は全速力で走っているはずです(笑)。

関東大震災の様子も描かれた。震災、マスクなど、現代にも通じるトピックが多いことに改めて驚く。

●大河ドラマ『青天を衝け』詳細、見逃し配信の情報はこちら→ https://www.nhk.jp/p/seiten/

●編集者A:月刊『サライ』元編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を足掛け8年担当。かつて数年担当した『逆説の日本史』の取材で全国各地の幕末史跡を取材。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。幕末取材では、古高俊太郎を拷問したという旧前川邸の取材や、旧幕軍の最期の足跡を辿り、函館の五稜郭や江差の咸臨丸の取材も行なっている。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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