歯を見せる笑顔の練習をする千代(中央/演・橋本愛)たち。

アメリカ合衆国大統領を退任後に世界周遊の旅を楽しんだグラント将軍(演・フレデリック・ベノリエル)。旅の最後に訪れた日本では、官民挙げての歓迎の様子が描かれた。

* * *

ライターI(以下I):第35話は明治12年に来日した前アメリカ大統領にして南北戦争の英雄グラント将軍(演・フレデリック・ベノリエル)の接遇が冒頭で描かれました。

編集者A(以下A):西南戦争から2年、大久保利通(演・石丸幹二)暗殺から1年という時期になりますが、冒頭に明るい女性たちの姿が描かれました。井上馨(演・福士誠治)夫人の武子(演・愛希れいか)や大隈重信(演・大倉孝二)夫人の綾子(演・朝倉あき)のほかに大倉喜八郎(演・岡部たかし)夫人の徳子(演・菅野莉央)、益田孝(演・安井順平)夫人の英子(演・呉城久美)も登場し、千代(演・橋本愛)やよし(演・成海璃子)を迎えました。

I:グラント将軍の接遇に関する場面は、栄一(演・吉沢亮)の長女で穂積陳重男爵に嫁いだうた(歌子/演・小野莉奈)による後年の回想をベースにしている感じでした。歌子さんの証言で興味深かった個所をいくつか抜粋します。接待委員の夫人・令嬢に歓迎大夜会への出席要請があった時のことを「実業家の人々の家庭に、現代の詞で申せば、一つのセンセーシヨンを巻き起したといふ次第なのです」「俄に花やかな衣服を新調しようとしても、其頃の越後屋でも大丸でも、直ぐに整ふと云ふ訳には行きませんでした」などその慌てぶりを述懐しています。

A:私が印象に残ったのは「どなたも未知の戦場へ初陣といふ様な緊張があつた様です」というくだりですね。女性陣はみんな緊張していたんですね(笑)。『青天を衝け』では、その大夜会までの様子をとにかく明るく、面白く、前向きに描写してくれました。コロナ禍で世の中が沈みがちの時に敢えて、こうした演出にしたんだろうなと受け止めました。明治の先人たちがとにかく前向きに生きていたことを知り、なんか勇気づけられる思いがしました。新型コロナ禍で大変な思いで制作にあたったであろう関係者の皆さんに敬意を表したいと思います。

I:グラント将軍が渋沢邸に訪問することになったくだりも、歌子さんの回想を読むと、劇中とほぼ同じようです。突然、グラント将軍が自邸にやってくるという事態に千代さんが前向きに対処した流れになっていましたが、歌子さんの証言でも千代さんは次のように答えていたようです。「それはそれは将軍程な偉大な御人物を御家へ御迎へ申すことが出来るとは、何といふ光栄でありませうどうなりともして精々よく準備をとゝのへて御来臨を仰ぎたいものです」と答えたそうです。劇中同様千代さんはほんとうに賢夫人だったんですね。

A:歌子さんの回想は公益財団法人渋沢栄一記念財団のHP内「デジタル版 渋沢栄一伝記資料」でも読むことができますから、関心のある方はアクセスしてほしいですね。

グラント将軍歓迎大夜会と鹿鳴館

グラント将軍歓迎の夜会が開かれたのは明治12年。鹿鳴館完成の4年前だ。

I:さて、そのグラント将軍ですが、大統領退任後におよそ2年の歳月をかけて世界周遊の旅を敢行して、その行程の中に日本も含まれていたという流れになります。周遊の旅は、ヨーロッパから始まり、中東から中国を巡って日本という行程です。今、そんなことする元大統領っていますか?(笑)。

A:大夜会の際には、女性たちが衣装を調えるのに大変だったのは前述の歌子さんの回想からもわかりますが、外国の賓客を迎えるのに西洋風の夜会を開いたことを考えても、新政府や民間がともに洋化政策を進めていたことがわかりますね。井上馨が主導した鹿鳴館が建てられたのが明治16年ですから、グラント将軍を歓迎する夜会というのは、欧風化政策の嚆矢なんでしょうね。そういう意味でいうと歌子さんの証言は貴重な記録ということになります。歌子さんは、井上馨の令嬢のことやアイスクリームがおいしかったことなども証言しています。回想自体は、半世紀ほど経過した昭和になってからのものですが、前時代にはこうした生の証言が残されることは少ないですし、そうした面でも時代の変化を実感できますね。

I:はい。さきほど歌子さんの「どなたも未知の戦場へ初陣といふ様な緊張があつた様です」という言葉が出てきましたが、なんかいいな、と思いました。現代の私たちが遭遇できる「未知の戦場」ってあまりないですからね。

A:グラント将軍の接待で、飛鳥山の渋沢邸が登場しました。「青天を衝け 紀行」でも取り上げられていましたが、飛鳥山といえば、暴れん坊将軍で知られる徳川吉宗が整備した桜の名所。やっぱり栄一は「徳川ゆかりの地」を選んだのかと思わせます。

I:飛鳥山は今でも桜の名所ですし、『青天を衝け』で時代考証をされている井上潤さんが館長を務める渋沢史料館もあります。何より栄一ゆかりの建物が残っているのがいいですね。

A:飛鳥山のお花見は昭和の風情を色濃く残した感じです。来年はお花見を楽しめたらいいですね。

清国がグラント将軍に訴えた「琉球帰属問題」

A:ところで、劇中では、栄一に対してグラント将軍が欧米の対日姿勢について忠告していました。将軍は日本に滞在中に明治天皇に対しても同様の進言をしたともいわれています。グラント将軍と日本政府の間では、劇中では触れられなかった実に繊細な問題が横たわっていました。

I:なんでしょうか。

A:グラント将軍が来日した3か月ほど前になる明治12年4月に日本は俗に「琉球処分」と称されている政策を断行しました。琉球國の流れを汲む琉球藩を廃止して沖縄県とし、これまで琉球が続けてきた清への朝貢を禁止したわけです。琉球は日本と清の両属と考えていた清国は激怒します。

I:なるほど。タイミング的にグラント将軍の清訪問と重なったわけですね。

A:はい。清国の李鴻章はグラント将軍に仲介を依頼して、琉球の帰属を外交問題化しようとします。日本の官民あげての接待が功を奏したかどうかわかりませんが、グラント将軍が清国側に立つことはなかったのです。この問題は、北部を日本、中部を琉球王国、南部を清国に分割する案などが飛び交い、この後も、沖縄の親日派(開化党)と親清派(頑固党)が帰属を巡って論争を繰り広げました。日清戦争(明治27年/1894)で日本が勝利するまでくすぶっていたといいます。

I:日本への帰属に反対する勢力もあったのですね。『青天を衝け』の底抜けに明るい場面の裏では国際政治の暗闘が展開していたんですね。奇しくも来年は太平洋戦争後の沖縄本土復帰50年。朝ドラの舞台も沖縄になるそうですね。

I:終盤で、海運を独占する三菱の岩崎弥太郎に憤慨する〈渋沢グループ〉の姿が描かれました。三井と三菱に加え、渋沢栄一や大倉喜八郎などが絡んですごい競争があったんですね。

A:予告編には、国会開設を訴える人々が映し出されました。この時代、まだ国会も憲法もありません。

I:ちなみにまだ電話もありません(笑)。グラント将軍が自邸にくると知った千代が方々に使いを出す場面がありました。さらにいうと電気もまだ通っていませんね。

A:電気はそれこそ、栄一と大倉喜八郎が立ち上げた会社が明治19年に東京へ最初の電気を供給することになりますね。

I:なにからなにまで新しいもの尽くし。『青天を衝け』を見ていると明治の世の中のことをもっと知りたくなりますね。

グラント将軍との楽しい時間を中心に描かれた。

●大河ドラマ『青天を衝け』は、毎週日曜日8時~、NHK総合ほかで放送中。詳細、見逃し配信の情報はこちら→ https://www.nhk.jp/p/seiten/

●編集者A:月刊『サライ』元編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を足掛け8年担当。かつて数年担当した『逆説の日本史』の取材で全国各地の幕末史跡を取材。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。幕末取材では、古高俊太郎を拷問したという旧前川邸の取材や、旧幕軍の最期の足跡を辿り、函館の五稜郭や江差の咸臨丸の取材も行なっている。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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