文/小林弘幸
「人生100年時代」に向け、ビジネスパーソンの健康への関心が急速に高まっています。しかし、医療や健康に関する情報は玉石混淆。例えば、朝食を食べる、食べない。炭水化物を抜く、抜かない。まったく正反対の行動にもかかわらず、どちらも医者たちが正解を主張し合っています。なかなか医者に相談できない多忙な人は、どうしたらいいのでしょうか? 働き盛りのビジネスパーソンから寄せられた相談に対する「小林式処方箋」は、誰もが簡単に実行できるものばかり。自律神経の名医が、様々な不摂生に対する「医学的に正しいリカバリー法」を、自身の経験も交えながら解説します。
【小林式処方箋】「つきあい」が多いため、ついつい深酒をしてしまう人の処方箋は、お酒1杯に対して、水も1杯飲む。
怖いのは就寝中の脱水症状
深酒の何が悪いかと言えば、次の日にダメージが残ることですよね? 私もそういう経験があります。深酒はしないにこしたことはありませんが、「つきあい文化」も残っていますから、そうも言っていられません。
ではどう対処するか。ダメージを最小限にする簡単な方法があります。それは、「酒1杯に対し、水1杯の割合で飲むこと」です。こうすることで、翌日に残らないお酒の飲み方ができるようになります。
具体的に解説しましょう。
アルコールが体内に入った際、肝臓で分解されていることは皆さん、ご存じだと思いますが、実はこの分解・解毒のプロセスで、水分が消費されてしまうのです。ですから、アルコールをとればとるほど、脱水が進んでしまうのです。しかも深酒をすると、大量のアルコールが分解しきれずに体内に残ってしまいます。寝ている間に、徐々に分解・解毒をしていくのですが、この過程で水分を消費していくのです。
翌朝、強い喉の渇きを感じることがありませんか? これは、寝ている間に脱水症状になっていた、ということなのです。
脱水が進むとどうなるでしょうか? 血管が収縮し、血流が悪くなりますので、頭痛や下痢、倦怠感などを引き起こします。いわゆる二日酔いの症状ですね。疲労感や倦怠感の原因は、末梢の血液不足から来ているのです。
そこで、「酒1杯に対し、水1杯」です。これによって、分解で消費される水分を補うことができますので、アルコールによる脱水を防ぐことができます。
また水を飲むことで、消化器の麻痺を防ぐこともできます。
アルコールには興奮作用があるので、飲むと交感神経を刺激し、副交感神経を低下させてしまうのです。副交感神経と腸の働きは連動していますので、お酒を飲み過ぎると腸の動きが止まってしまいます。深酒で吐き気を催すのは、腸の動きが止まってしまい、逆流してしまうことが原因なのです。
水を飲むと、胃結腸反射が起こりますので、ゆっくりですが腸は動きます、腸が動いていれば、吐き気も起きずに済みますし、副交感神経も刺激されるので、極端に副交感神経が下がり、自律神経のバランスが崩れるということもありません。
寝酒は良質な睡眠を妨げる
眠る前にお酒を飲む、という習慣の方がいます。
酔うと寝やすい、と勘違いしているのだと思いますが、これはまったくの誤りです。今、お話ししたように、アルコールは興奮剤です。体内にアルコールが残ったままで寝ると、血管が収縮し、心拍が高い状態が続きます。興奮した状態が続く、というわけです。興奮した状態で、良質な睡眠が確保できると思いますか? つまり、寝酒の習慣のある人は、実は深い睡眠ができていない可能性が高いのです。
では、お酒と睡眠を両立させるためにはどうしたらいいでしょうか。
「酒1杯に対し、水1杯」はもちろんのこと、食事同様、遅くとも寝る3時間前までに飲酒を終えておくことです。それが難しい場合は、せめて寝る1時間前までは、口にするものは水だけにしてください。
飲酒後すぐにベッドに直行することはもってのほかです。寝る前には、カフェインフリーのハーブティーやホットミルクを飲むと、眠りが浅くなることを防ぐ効果が期待できます。特にミルクには、快眠に繋がるアミノ酸の一種「トリプトファン」が多く含まれています。
もうひとつ言うと、酔った状態での入浴はかなり危険です。
発汗などで、より一層、脱水が進み、血流が悪くなります。極端な血流の悪化は、心筋梗塞などを引き起こす可能性もあります。
もしどうしても入りたい場合は、最低でもコップ1杯、分量にして250㏄の水を飲んでから入るようにしてください。さらにお湯はぬるめの40度。入浴時間は最大で15分間です。これならば、心筋梗塞のリスクを低減することができます。
逆に、熱すぎるお湯は、絶対にいけません。最近の実験で、43度近いお湯に長々浸かっている場合が、血流を一気に悪くすることがわかっています。
そして飲んだ次の日の朝は、忘れずにコップ1杯の水。寝起きの水を朝食前にとることによって、下がりきって反応しにくくなっている副交感神経が上がってきてくれます。
つまみはチーズ、ナッツ、豆腐
酒席が多い人は、つまみも一工夫してください。
唐揚げなどの揚げ物は、胃腸に負担がかかりますので、なるべく避けたいところです。できるだけ軽めのものがお勧め。例えばチーズ、ナッツ、豆腐や枝豆などの豆類。つまり、腸内の善玉菌を増やし、腸内環境を整えてくれるチーズや豆腐などの発酵食品、食物繊維が豊富なナッツ、上質なタンパク質を含んだ豆類中心の「軽めのつまみ」を酒のお供にするのです。これらを、ゆっくりよく噛んで食べる。
日本酒には肴(和食のつまみ)、ビールには枝豆、ワインにはチーズと相場が決まっていましたが、これらはどれも、お酒に合ったつまみです。お酒の味わいを引き立てるというだけでなく、体にとってもやさしい。これも先人の知恵でしょうか。
ただし、これら対策を講じるにしても、くれぐれも飲み過ぎには注意してください。
『不摂生でも病気にならない人の習慣』
小林弘幸 著
小学館
文/小林弘幸
順天堂大学医学部教授。スポーツ庁参与。1960年、埼玉県生まれ。87年、順天堂大学医学部卒業。92年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。また、日本で初めて便秘外来を開設した「腸のスペシャリスト」でもある。自律神経の名医が、様々な不摂生に対する「医学的に正しいリカバリー法」を、自身の経験も交えながら解説した『不摂生でも病気にならない人の習慣』(小学館)が好評発売中。