『星影のステラ』、原題『ステラ・バイ・スターライト(Stella By Starlight)』は、もっともよく知られるジャズ・スタンダードの1曲です。古くは1950年代のチャーリー・パーカーやスタン・ゲッツ、バド・パウエル、マイルス・デイヴィスから、その後のビル・エヴァンス、オスカー・ピーターソン、ハービー・ハンコック、キース・ジャレット、チック・コリア、そしてロバート・グラスパーまで、名のあるジャズマンなら必ず録音しているといっていいくらいの「超」が付くスタンダード。ヴォーカルでは、フランク・シナトラ、ナット・キング・コール、エラ・フィッツジェラルド、アニタ・オデイ、トニー・ベネット、レイ・チャールズなど、こちらもヴォーカリスト名鑑ができるほど。ジャズ・ファンなら何度も耳にしていることでしょう。

『スタン・ゲッツ・プレイズ』(ヴァーヴ)
『スタン・ゲッツ・プレイズ』(ヴァーヴ)
演奏:スタン・ゲッツ(ts)、デューク・ジョーダン(p)、ジミー・レイニー(g)、ビル・クロウ(b)、フランク・イソラ(ds)
録音:1952年12月12日、29日
「ステラ」の名演は数々あるが、まず聴いておきたいのはこのスタン・ゲッツの演奏。柔らかな音色で、次々に湧き出てくるアドリブが素晴らしい。

この『星影のステラ』は、“ヴィクター・ヤング作曲。1944年公開の映画『呪いの家』のために書かれ、1946年にはネッド・ワシントンによって歌詞が付けられました。ちなみに映画はホラー映画だったそうです”といった程度の説明は、ネット上に山ほどあります。ジャズ・スタンダードは、オリジナル演奏者のイメージから切り離されて演奏されるからこそ「スタンダード」としての意味をもつので、曲の情報としては、たいていの場合はこの程度で用が足ります(逆にオリジナルを意識させる演奏は「カヴァー」と言いたいですね。このあたりは明確な定義はありませんが)。でも、名曲だからこそ気になりませんか? ステラって誰? と(そもそも人名と認識しているという前提もおかしいのですが、それはさておき)。ビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビイ」のような3歳の姪なのか、歴史上の人物なのか、作者の恋人なのか……。それを知れば音楽の聞こえ方も変わるかも。

というわけで、映画『呪いの家』観てみました。原題は『The Uninvited』。まずはデータ。ルイス・アレン監督/ヴィクター・ヤング音楽/1944年アメリカ公開/1946年『呪いの家』の題名で日本公開/1時間39分。

そして、ストーリー。1937年、音楽評論家で作曲家の主人公リック・フィッツジェラルドとその妹パメラは、ドライブ中にまぎれこんだウィンドワードと呼ばれる空き家の大邸宅を気に入り、近隣では幽霊屋敷として知られているのを承知で購入する。その売主ビーチ中佐の孫娘が(ゲイル・ラッセル演じる)ステラ・メレディス。年齢は20歳。彼女の両親はすでに亡く、ビーチ中佐に育てられていた。彼女はウィンドワードには両親がなくなる3歳まで住んでいたが、それ以後はそこに近づくことも禁じられていた。リックらが引っ越してみるとやはり幽霊が棲んでいるのか、怪奇現象が続発。そしてリックらはステラの両親の隠された過去を知り、その謎を次第に解き明かしていく……というもの。ホラー映画というよりも主題は謎解きミステリーです。

(この先ちょっとストーリーのネタバレありです)

音楽はというと、『星影のステラ』はまずオープニング・クレジットのバックで、ヴィクター・ヤング・オーケストラの演奏が流れます。しかしわずか1コーラスで、以降オケの演奏はありません。劇中ではバックグラウンドでも流れず、ピアノ演奏のある1シーンだけで使われます。ピアノに向かうリックが、「何か弾いて」と言うステラに応えて弾くのが『星影のステラ』。リックはサビ前でいったん演奏を止め、「できた!」と言ってその先を少し弾き、「これは君のための曲。タイトルはステラ・バイ・スターライト」と言うのです。『星影のステラ』は告白シーンでの曲なのでした。しかし、その先、すぐに別の曲が重なり(ステラの感情が表現されている)、「どうして急に暗くなるの?」と叫んでステラは部屋を飛び出し、ストーリーは急展開していきます。というわけで、劇中では、リックの新曲である『星影のステラ』は結局完奏されていないのでした。もちろん歌詞もありません。

というわけで、映画中で『星影のステラ』をちゃんと聴けるのは、冒頭のオーケストラの1コーラスだけなのです。これを名曲と認識し、映画の中から拾い上げて演奏するというのはちょっと考えにくいですね。で、調べてみますと、『星影のステラ』の最初のレコードは、1945年のヴィクター・ヤング・オーケストラによるものですが、1947年の春にフランク・シナトラ、ディック・ヘイムス、デニス・デイという3人のヴォーカリスト、そしてハリー・ジェイムス・オーケストラがそれぞれレコードを出しているのです。おそらくシナトラらヴォーカリストの録音のために書かれた、ネッド・ワシントンによる歌詞は、「ステラこそわがすべて」といったラヴ・ソングですが、すでにあったタイトルだけを生かしたということなのでしょう、ステラという名前のほかは、映画には関係ない内容です。

そう考えると、現在ジャズ・スタンダードとしての『星影のステラ』の「オリジナル」は、「『呪いの家』の映画音楽」ではなく、ヤング&ワシントン(「マイ・フーリッシュ・ハート」でも知られる)の新曲を取り上げた3人+1オケのレコードというほうが正しいといるでしょう。

映画の中で『星影のステラ』が演奏されていたのは幽霊の棲む部屋でしたし、夜のシーンはいつも真っ暗、幽霊の冷気が漂っていて、歌詞から想像される「星の光に照らされる美しいステラ」のシーンはもちろん、それをイメージさせるような描写もまったくありません。多くのジャズ演奏者はこの映画を観ていないでしょうが、これがいつも観られる環境にあるような人気映画だったなら、『星影のステラ』は今とは違うイメージの曲(もっと暗い感じかな)として演奏されていたかもしれませんね。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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