日本を代表するサックス奏者、渡辺貞夫は今年2021年に音楽生活70周年を迎えました。年齢は88歳。しかし高齢であることなどまったく感じさせない現役プレイヤーであり、このコロナ禍にあっても積極的にコンサート活動を続けています。70年間ずっと休むことなく、しかもつねに新しいジャズを追求しているジャズマンは、世界を見渡しても類をみません。「日本を代表する」と書きましたがその形容はとっくの昔の話で、現在ではジャズ・ファンならずとも誰もが「世界のナベサダ」という認識ですよね。でもいつから「世界の」ナベサダになったのか。アルバムから見てみましょう。


ガボール・ザボ『ジプシー’66』(インパルス)
演奏:ガボール・ザボ、渡辺貞夫(フルート)、リチャード・デイヴィス(ベース)、ゲイリー・マクファーランド(マリンバ)、グラディ・テイト(ドラムス)、ほか
録音:1965年11月
ガボール・ザボはハンガリー出身のギタリスト。渡辺貞夫はフルートで全曲に参加している。留学からの帰国直前の録音だが、そのままアメリカで活動を続けていたらどうなっていただろうか。

渡辺貞夫のデビューは1951年。宇都宮から上京後すぐに頭角を現わし、59年には『スイングジャーナル』のサックス人気投票第1位になりました。62年にはアメリカ、ボストンのバークリー音楽院に留学し、在学中にゲイリー・マクファーランド(ヴァイブラフォン)、ガボール・ザボ(ギター)やチコ・ハミルトン(ドラムス)のグループなどでツアー、レコーディングに参加するなどして、ワールド・クラスの実力を証明します。65年に帰国し日本で活動を始めますが、68年にはアメリカのニューポート・ジャズ・フェスティヴァルに、70年、73年、75年にはスイスのモントルー・ジャズ・フェスティヴァルに出演するなど、活動の舞台は日本にとどまりません。そして77年のフュージョン・アルバム『マイ・ディア・ライフ』(ビクター)以降はデイヴ・グルーシン(キーボード)、リー・リトナー(ギター)ら、アメリカのミュージシャンとアルバムを作るようになります。

しかし、日本では最高のポジションにいても、またいくら海外のミュージシャンと共演を重ねても、「世界の」と認められる理由にはなりません。では「世界の」である条件はなにかと考えると、それは世界のポピュラー音楽の中心地であるアメリカでアルバムをリリースし、その存在を広く認知されることだといえるでしょう。野球でいえばメジャーリーガーになるということですね。

渡辺貞夫がそのスタート・ラインに立ったのは、1980年のこと。この年に「アメリカの」CBSレコードと契約したのです。この時点ですでにデビューして約30年。名実ともに「日本を代表する」ジャズマンでしたが、アメリカCBSレコードからすれば「新人」です。最初のアルバムは『ハウズ・エヴリシング』(ソニー)。アメリカのミュージシャンたち、そしてオーケストラを従えた日本武道館でのライヴ・レコーディングでした。


渡辺貞夫『ハウズ・エヴリシング』(ソニー)
演奏:渡辺貞夫(アルト・サックスほか)、デイヴ・グルーシン(キーボード、編曲、指揮)、リチャード・ティー(キーボード)、エリック・ゲイル(ギター)、ジェフ・ミロノフ(ギター)、アンソニー・ジャクソン(ベース)、スティーヴ・ガッド(ドラムス)、ラルフ・マクドナルド(パーカッション)、東京フィルハーモニー交響楽団、ほか
録音:1980年7月2-4日


当時、当初の発売は通常の発売ではなく、なんと輸入盤としての発売でした。「世界のナベサダ」感もぐっと強く印象付けられましたが、じつはこれは契約上の理由から。アメリカ『ビルボード』誌1980年9月20日号の「アメリカ製の日本人のレコードを、日本で売るCBSソニー」と題された記事によれば、「渡辺貞夫はアメリカCBSと契約したが、日本のメーカー間(それまで契約のあったビクターと日本での新発売元のCBSソニー)の紳士協定により日本製作盤はしばらく出せないので、CBSソニーはアメリカCBSが製作した『ハウズ・エヴリシング』(LP2枚組)10万セット、カセットテープ1万セットを輸入販売することになった」ということだったのでした。

この記事の掲載時には、日本ではすでにその「輸入盤」が発売されていて、その記事の横に掲載されている「ヒット・オブ・ザ・ワールド」の日本のアルバム・チャートで『ハウズ・エヴリシング』は13位にランキングされています。ちなみに1位はアリス、2位は松田聖子、3位は長渕剛という時代です。残念なことに『ハウズ・エヴリシング』はアメリカではチャート入りはしなかったようですが、『ビルボード』誌の表紙に見出しが載る記事ですから、渡辺貞夫のアメリカ・デビューとこの出来事は、アメリカの業界ではかなりのインパクトになったと思われます。そして、この契約がきっかけになって、渡辺貞夫は全米ツアーも行なうようになって、認知度も上昇(日本以外ではジョージ・ベンソンと同じマネジャーと先の記事にあります)。「世界」をステージに着実に活動を続けます。

そして、ついに1984年2月に『フィル・アップ・ザ・ナイト』(ここからはアメリカのエレクトラ・レコードと契約)が『ビルボード』ジャズ・アルバム・チャートの19位にランクイン。そして同年10月には『ランデヴー』が2位という大ヒットとなりました。しかも28週チャートインですので、このときこそが「世界のナベサダ」誕生の時期といえるのではないでしょうか(もちろんナベサダという呼称ではなく、サダオ・ワタナベです)。そのあと85年の『マイシャ』、86年の『グッドタイム・フォー・ラヴ』も連続チャートインし、メジャーリーガーとしての認識も完全に定着しました。

渡辺貞夫のデビューは1951年。そしてそこまで33年。現在ではYouTubeなどで、いきなり世界デビューも珍しくなくなりましたが、かつて、「世界」への道のりは険しい長い道のりだったのです。


渡辺貞夫『ルック・フォー・ザ・ライト~音楽生活70周年記念コレクション』(ユニバーサル)
レーベルの枠を超えて渡辺貞夫自身が選曲した、70周年記念ベスト・アルバム。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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