信長オリジナルではなかった楽市楽座

信長にまつわる史実で、合戦とならんでよく取り上げられるのは「楽市楽座」にちがいない。旧来の商工業組合である座の独占を排し、自由な商いをみとめるというもので、彼の先進性を証するものとして言及されることが多い。1567年、岐阜城下に出した令が最初とされるが、信長は同年(異説あり)、斎藤龍興をやぶって美濃を手に入れているから、戦後の経済振興策として掲げたものと思われる。ほかにも、1572年、近江の金森(かねがもり。滋賀県守山市)、1577年、安土城下へ出した令が知られている。

ただ、「楽市楽座」はほかの大名もおこなっていることで、判明しているかぎりでは、1549年に近江の六角氏が発令したものがもっとも早い。信長オリジナルの政策ではなかったのだ。

とはいえ、柴田勝家や羽柴秀吉ら家臣たちも領国にこの政策を布いているから、織田家の基本方針として周知されていたのだろう。発案したか否かが重要なのではなく、それを徹底して広げていったことに意義があるといえる。だからこそ、楽市楽座=信長というイメージがつくられたのだ。

信長が経済感覚にすぐれていたことは疑いない。貿易都市・堺を直轄地とし、莫大な収益を手に入れた。また、関所を撤廃し道路を整備するなど、人馬の往来を容易にすることで物流の発達をうながしてもいる。

ちなみに、こうしたセンスは、織田家代々に見られるもの。祖父・信貞ははげしい抵抗をしりぞけ、港町・津島(愛知県津島市)を支配した。また、父・信秀はやはり勝幡(しょばた。同愛西市、稲沢市)という交通の要衝をおさえ、ゆたかな経済力を享受している。信長のセンスは、父祖や環境からしぜんに培われていったものなのだろう。

「天下布武」から「天下静謐」へ

信長といえば、「天下布武」の文言もよく知られている。「天下に武を布く」の意だが、これは美濃・斎藤氏を倒し、居城だった稲葉山を占領後、用いはじめた朱印にきざませた言葉。これを以て、信長が全国統一をめざした証しとされる。

だが、当時でいう「天下」は、都を中心にした畿内のこと。現在、天下布武とは、室町幕府を建てなおし、畿内の秩序を安定させる意向と解されており、彼が目標としたこの状態を「天下静謐」という表現であらわすことが多い。

ちなみに、稲葉山の城下は「岐阜」と改称されるが、この名称は古代中国を統治した周王朝の故地・岐山にちなむという説明が一般的。これもまた、信長の野心があらわれたものとされている。が、もともと稲葉山は、美濃の守護だった土岐氏にちなんで「岐陽」「岐山」とも呼ばれていた。つまり、この改称は、土岐氏から美濃を奪って支配した斎藤氏のあとを受け、土岐氏の時代を呼び起こすため取った人心安定策とも考えられる。いずれにせよ、この時点で全国統一を考えていた可能性は低いと見るべきだろう。

前編では、これまでに形づくられてきた信長像をさまざまな視点から再検討した。後編では、幕府や朝廷、比叡山といった中世権力との関係を見てゆきたい。はたして、信長は旧き権威と真っ向から対立する革命児だったのだろうか。

「天才」ではなかった織田信長~英雄神話の逆転(後編)に続く

文/砂原浩太朗(すなはら・こうたろう)
小説家。1969年生まれ、兵庫県神戸市出身。早稲田大学第一文学部卒業。出版社勤務を経て、フリーのライター・編集・校正者に。2016年、「いのちがけ」で第2回「決戦!小説大賞」を受賞。2021年、『高瀬庄左衛門御留書』で第165回直木賞・第34回山本周五郎賞候補。また、同作で第9回野村胡堂文学賞・第15回舟橋聖一文学賞・第11回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。2022年、『黛家の兄弟』で第35回山本周五郎賞を受賞。他の著書に『いのちがけ 加賀百万石の礎』、共著に『決戦!桶狭間』、『決戦!設楽原(したらがはら)』、 『Story for you』 (いずれも講談社)がある。『逆転の戦国史「天才」ではなかった信長、「叛臣」ではなかった光秀』 (小学館)が発売中。

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