今回紹介するのは「コスプレ」ジャケットです。コスプレは、もともと「コスチューム・プレイ」という和製英語ですが、今や「cosplay」で英語辞書に載るほど認知されています。じつはそんな言葉が生まれるはるか昔から、コスプレは多くのジャズ・レコードでジャケット・デザインに取り入れられていました(まあ「仮装」という言葉でいえば、珍しいことはないのですけど)。ジャケットなら、ミュージシャンのかっこいいポートレイトというのが当たり前ですから、コスプレは異端というか、ものによっては奇妙に見えたかもしれません。しかし、だからこそ大きなインパクトを与えることは想像に難くありません。このリスキーな賭け(?)はリスナーの目にどう映ったのか。


ソニー・ロリンズ『ウェイ・アウト・ウェスト』(コンテンポラリー)
演奏:ソニー・ロリンズ(テナー・サックス)、レイ・ブラウン(ベース)、シェリー・マン(ドラムス)
録音:1957年3月7日
マックス・ローチ(ドラムス)のツアーでロサンゼルスを訪れたロリンズが、現地で急遽録音したもの。初顔合わせで午前3時スタートにもかかわらず、録音は1日で終了。

まずは、巨匠ソニー・ロリンズ。おそらくジャズではもっとも有名なコスプレ・ジャケットでしょう。ご覧のとおり、西部劇のコスプレです。拳銃の替わりにサックスを持ち、牛のガイコツまで置き、しかも撮影はジャズ写真の巨匠、ウィリアム・クラクストン。遊びじゃないですね。ライナーノーツよれば、これはロリンズのアイデアだそうです。しかも「俺は老カウボーイ」や「ワゴン・ホイール」まで演奏するという徹底ぶり。ミュージシャンもリスナーもこの時代なら「西」は「ウエスト・コースト・ジャズ」と考えるのが普通ですよね。でもロリンズにとっては「西部劇」だったのでした。「西だけどウエスト・コースト・ジャズではない」という主張ではなく、ただコスプレをやってみたかった、というところでしょうか。


シェリー・マン『リル・アブナー』(コンテンポラリー)
演奏:シェリー・マン(ドラムス)、アンドレ・プレヴィン(ピアノ)、リロイ・ヴィネガー(ベース)
録音:1957年2月6、7、25日
この3人はこの半年前にシェリー・マンのリーダーで『マイ・フェア・レディ』(コンテンポラリー)を録音しています。それも映画音楽集ですが、ジャケットは女性モデル。コスプレとどっちが目をひくか?

次は『ウェイ・アウト・ウェスト』でドラムを叩いていたシェリー・マンのコスプレ。タイトルの「リル・アブナー」はアメリカの漫画です。日本ではあまり知られていませんが、1934年から77年まで新聞で連載されるほど人気だったそうです。このアルバムは全曲そのミュージカル映画版の楽曲(56年初演なので、当時最新曲)をジャズにアレンジしたもの。シェリー・マンは完全に主人公リル・アブナーになりきっています。服装はもちろん、追いかけてくる女性も背景も漫画のまま。これもロリンズに負けないくらい真面目ですね。ただ、リル・アブナーはマッチョ体型なので、シェリー・マンはまったく似合っていないキャラなのでした。なお、このアルバムは『ウェイ・アウト・ウェスト』と同じレーベルで、録音はそのすぐ前。写真も同じクラクストンです。偶然ロリンズとコスプレ・ジャケが重なったのは不思議です。プロデューサーかクラクストンがコスプレを流行らせようとしていたのでしょうか?


メル・トーメ『ア・デイ・イン・ザ・ライフ・オブ・ボニー・アンド・クライド』(リバティ)
演奏:メル・トーメ(ヴォーカル)、リンカーン・マヨルガ(編曲)
録音:1968年
アルバム・タイトルの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ〜」はトーメのオリジナル曲。ビートルズの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」はちょうどヒット中でした。映画だけでなく、こちらのヒットにもあやかったのですね。ちなみに当時出た日本盤タイトルは、映画にもビートルズにも関わらない『メル・トーメの素敵な世界(ジャズは高鳴る)』でした。

続いてはメル・トーメ。これは映画『ボニー・アンド・クライド』(『俺たちに明日はない』)のコスプレです。このアルバムは1920〜30年代のスタンダード曲を中心に歌ったもの。トーメはスタンダード集というありがちな企画をいかに新鮮に見せるかを考えているうちに、前年からヒット中の映画の舞台が1930年代であることを発見。でもこの音楽は映画とは直接関係がありませんので、映画のタイトルもスチール写真も使うことはできません。そこで「ア・デイ・イン・ザ・ライフ・オブ・ボニー・アンド・クライド」というオリジナルを書いてアルバム・タイトルにし、さらにダメ押しでコスプレまでやって、映画とは接点がほとんどないにもかかわらず、映画の人気にあやかろうとした、というのがひとつの理由。もうひとつは、トーメは映画を観て感動して、まずコスプレをやってみたくなり、それをアルバム・ジャケットにするにはどうしたらいいか考えた結果がこの内容になった、という説。いずれも妄想なのですが(笑)、トーメは『オレ・トーメ』でも、「国境の南」を歌うためにメキシコ闘牛士になりきっていた前例がありますから、後者の説を推したいですね。


メル・トーメ『オレ・トーメ』(ヴァーヴ)
演奏:メル・トーメ(ヴォーカル)、ビリー・メイ(編曲、指揮)
録音:1959年3-4月
かなり気合が入っているように見えます。もうひとりのコスプレイヤーは、アレンジャーのビリー・メイ。ちなみに録音はロサンゼルスにて。

さて、このようなコスプレ・ジャケを誰もが作るかというと、そんなことはありませんよね。たとえばキース・ジャレットは絶対やらないでしょう(想像)。と考えると、その姿勢は性格の表われ、個性の表われですから、これらも(広く考えれば)ジャズ表現のひとつといえるかもしれません。

この原稿は、小学館『ジャズ100年』17号(2014年)のコラム「ジャケットは語る」(真舘嘉浩・談、池上信次・編)を大幅改稿したものです。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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