ジャズマンの「定説」「伝説」の続きです。これらの情報の出どころですが、たとえばインタヴューや雑誌記事などが一次情報で、それが伝播して定説化していくということが多いと思われます。出どころが不確実な情報も、時が経つにつれてその詳細はあいまいになり、ときには尾ひれがついて「伝説」化しているという事項もたくさんあることでしょう。
そういった状況の中、信頼に足る情報源といえば自伝や評伝です。有名ジャズマンの自伝や評伝は数多く残されており、たとえばルイ・アームストロング(『サッチモ:ニュー・オルリーンズの青春』)、ビリー・ホリデイ(『奇妙な果実』)、チャールズ・ミンガス(『負け犬の下で』)の自伝は昔からよく知られるところです。ほかにもマイルス・デイヴィス(『マイルス・デイヴィス自伝』)、ウェイン・ショーター(『フットプリンツ』)、ハービー・ハンコック(『ハービー・ハンコック自伝 新しいジャズの可能性を追う旅』)、ゲイリー・バートン(『ゲイリー・バートン自伝』)など近年でも多くあり、またスタン・ゲッツの評伝『スタン・ゲッツ:音楽を生きる』は、昨年村上春樹が翻訳刊行して話題になりました。(書名は邦訳本。以下同)
そんななかで、もっとも数多く評伝が残されているのが、チャーリー・パーカーでしょう。1920年に生まれたパーカーは、いわゆる「モダン・ジャズ」を作った、ジャズの歴史上最重要人物のひとりです。1955年に亡くなりましたが、これまでに1)『チャーリー・パーカーの伝説』(ロバート・ジョージ・ライズナー著・1962年刊)、2)『バードは生きている チャーリー・パーカーの栄光と苦難』(ロス・ラッセル著・1973年刊)、3)『チャーリー・パーカー モダンジャズを作った男』(カール・ウォイデック著・1998年刊)の3種が刊行されています。いずれもかなりの大著で膨大な情報があふれています。これらに記されたエピソードから、多くの「パーカー像」が生まれました。しかし、先に評伝は信頼に足ると書きましたが、じつは真実ではないという部分も多く指摘されています(まあ、1)の『伝説』は、パーカーについての81人へのインタヴュー集なので、私感が多くて当然ではありますが)。
一度まとめられた評伝は、今度はそれ自体が価値をもつことになりますから、多くはアップデートされません。つまり新しい本が出る時に新しい情報に書き換えられるので、新しいものほど正しい情報ということになります。そして2013年、またまたチャーリー・パーカーの評伝がアメリカで刊行されました。原題は『Bird: The Life and Music of Charlie Parker』(University of Illinois Press)。すでに評伝は複数刊行され、亡くなって60年近く経つのになぜ? それはなんと、また続々と「新発見情報」があったからなのです。著者のチャック・ヘディックスは、ミズーリ大学カンザスシティ校のライブラリーで働く研究者。カンザスシティはパーカーの生まれ育った街。ヘディックスは地元のメリットを生かし、徹底的に調査して情報をアップデートしたのです。当然それまでの評伝を踏まえていますので、数々の奇行や薬物中毒など、センセーショナルに語り継がれてきた「伝説」を正しく修正する意図も読み取れます。
ちなみにパーカーの音源も、2015年と16年に公式スタジオ録音の未発表音源が「発見」され、CDとして発売されました。それまで、パーカーの演奏はどんな小さな断片でもCD化されていたにもかかわらず、どうしてこんな大量の音源が眠っていたのは謎ですが、それはさておき、 ここからも、時を経るにつれてパーカーの存在と 重要性の認識はますます大きくなっていることがわかります。
チャーリー・パーカー『Unheard Bird: The Unissued Takes』(Verve/アメリカ盤)
演奏:チャーリー・パーカー(アルト・サックス)ほか
発表:2016年
死後60年を経て発見・発表された、未発表スタジオ録音音源集。CD2枚組で音質は良好。
この前年には『ウィズ・ストリングス』の未発表音源も発見されており、そちらも『Complete Edition』としてCD化されています。
そしてこの8月29日にパーカーは生誕100年を迎えます。それを記念して『Bird:〜』の日本語版も刊行されます。タイトルはそのまま『バード チャーリー・パーカーの人生と音楽』。この日本語版には、著者が原著刊行後に「新発見」した写真も掲載されています。情報はほんとうに日々アップデートされているのですね。2020年、生誕100年を機会にパーカーはあらためてまた大きな注目を集め、きっと新たな、しかも「正しい」伝説が生まれてくることでしょう。(なお、この本は私が編集しております。宣伝ぬきにオススメしたく本稿で紹介させていただきました)