文/池上信次

前回、「ワン・テイク」で知られるマイルス・デイヴィスの「マラソン・セッション」(1956年)を紹介しましたが、ジャズの「ワン・テイク」セッションは珍しいものではありません。マイルスの場合は、レギュラー・グループのふだんの演奏の延長だったわけですが、録音現場が初顔合わせにもかかわらず、つまり「ぶっつけ本番」でもワン・テイクでオーケイの演奏はふつうにあります。だからといって、ジャズはどんな演奏もテイクを重ねずにサクサクと録音されているわけではありません。また、それができる人だけの音楽でもありません。ジャズの歴史を作った巨人たちでも、「難産」レコーディングは少なくありません。

たとえば、ジョン・コルトレーンの有名盤『ブルー・トレイン』(ブルーノート)。このセッションでは、タイトル曲「ブルー・トレイン」の別テイクが2種、さらに失敗テイク音源が残されていて、一部のCDで聴くことができますが、驚くのがそのテイク番号。最後の演奏が「マスター・テイク」になったのですが、それはなんと「テイク9」なのです。
ジョン・コルトレーン『ブルー・トレイン』(ブルーノート)(1)ジョン・コルトレーン『ブルー・トレイン』(ブルーノート)
演奏:ジョン・コルトレーン(テナー・サックス)、リー・モーガン(トランペット)、カーティス・フラー(トロンボーン)、ケニー・ドリュー(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラムス)
録音:1957年9月15日
ジョン・コルトレーンの人気作。オリジナルLPは5曲収録ですが、CDは別テイクの収録や、またその曲数が違うものなど多種あります。

「ブルー・トレイン」はコルトレーンのオリジナル曲です。テーマは3管によるハーモニーですが、シンプル極まりないメロディなので、メンバーの誰も「外す」ことはない曲です。形式はブルースですからアドリブ・ソロも手慣れたもの。ですから別テイクを聴いても「どうしてこれがボツ?」という感想しかないのですが、コルトレーンにとってはダメなのですね。さらに驚くことに、じつはマスター・テイクはピアノ・ソロ部分だけテープ編集で「テイク8」(別テイクとしてCD収録。聴き比べると同じであることがわかります)の演奏に差し換えられていたのでした。「9回演奏+編集」とはなんと手をかけているのでしょう。この初出LPには全部で5曲が収録されましたが、「レイジー・バード」は「テイク3」、「モーメンツ・ノーティス」は「テイク6」がマスター・テイクになっています。他の2曲のテイク番号は明らかではありませんが、他の曲を見れば「テイク1」ということは考えにくいですね。親分マイルスとの「マラソン・セッション」ではワン・テイクで済ませていましたが、コルトレーンとしてはほんとうはもう1回やりたい曲もあったに違いありません。

コルトレーンはこのあと1959年に、『ジャイアント・ステップス』(アトランティック)を録音するのですが、これものちにセッション音源が発表され、タイトル曲は4テイクが残されていました。しかもメンバーが違う2回のセッションでの演奏です。難曲中の難曲ということもあってかテイクを重ねるだけでなく、メンバーまで変えて再録音したのですね。コルトレーンはアルバムを、「作品」としてその完成度を上げようと努力していたということでしょう。その反対は「インプロヴァイザーの、その瞬間の『記録』」というところですが、「天才インプロヴァイザー」チャーリー・パーカーはどうだったでしょうか。

パーカーには即興にまつわる超人的な伝説はたくさんありますが、少なくともスタジオでのレコーディングでは、「レコード=作品」と考えていたようです。『バード:コンプリート・チャーリー・パーカー・オン・ヴァーヴ』(ヴァーヴ)は、パーカーがヴァーヴ・レコードに残した音源を、別テイクや失敗テイクの断片までもすべて収録したボックス・セットです。それをみると、たとえば1950年録音の「リープ・フロッグ」(アルバムでは『バード&ディズ』に収録)という曲では、ディジー・ガレスピーと火花をバチバチ散らす演奏を繰り広げているのですが、完奏テイクは3つとはいえマスター・テイクはなんと「テイク11」。終わってしまえばわずか2分30秒の演奏ですが、たいへんに気合いを入れて「作品」にしていることがわかります。「天才」パーカーもけっしてひらめきだけで演奏をしていたのではないのですね。

ワン・テイクに賭けるか、練り上げるか。正反対にもかかわらず、どちらもジャズの面白さなのです。
『バード:コンプリート・チャーリー・パーカー・オン・ヴァーヴ』(2)『バード:コンプリート・チャーリー・パーカー・オン・ヴァーヴ』(ヴァーヴ)
演奏:チャーリー・パーカー(アルト・サックス)、ディジー・ガレスピー(トランペット)、セロニアス・モンク(ピアノ)、カーリー・ラッセル(ベース)、バディ・リッチ(ドラムス)
録音:1950年6月6日
[データは『バード・アンド・ディズ』のセッション]
CD10枚組のボックス・セットですが、現在は主要なサブスク・サービスで聴くことができます。パーカーの演奏はどんな断片でも価値がある、と録音当時も認識されていたのでしょう。大量の別テイクはもちろん、なんと5秒の演奏の断片までも残され、CDにはそれらすべてが収録されています。なお、ボックス発表後も大量に未発表別テイク音源が発見され、2015年と16年に2組のCDでリリースされました。そこにも完成までに何度もテイクを重ねているパーカーの姿が記録されています(『チャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングス・デラックス・エディション』と『アンハード・バード:ザ・アンイシュード・テイクス』)

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。先般、電子書籍『プレイリスト・ウィズ・ライナーノーツ001/マイルス・デイヴィス絶対名曲20 』(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz/)を上梓した。編集者としては、『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/伝説のライヴ・イン・ジャパン』、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)などを手がける。

 

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