「まるごと乗っ取り」セッションの3回目。前回まで紹介してきたものはどれもヴォーカリストがリーダーのセッションでしたので、フロントとバックという役割分担が明確でした。でも、そうではないケースもあります。たとえば楽器プレイヤーがリーダーで、そのバック・バンドにしようとしているグループに同じ楽器のプレイヤーがいる場合。多数決的に考えれば「グループにゲスト参加」という位置づけのほうが妥当ですし、あるいは「アウェーに単身突撃」ですから、ふつうはそもそも考えないとも思えますが、じつはジャズでは珍しくありません。

1970年代半ば、ロサンゼルスに「リー・リトナー&ジェントル・ソウツ」というグループがありました。ギタリストのリー・リトナーがリーダーの、腕利きのスタジオ・ミュージシャンの集合体です。個々の技術もグループとしての個性も素晴らしい、クロスオーヴァーの一時代を作ったグループですが、これを丸ごとバックにしてしまったアルバムが2枚作られました。しかも、ジェントル・ソウツにリーダーと同じ楽器のプレイヤーがいるというのに……。

1枚は渡辺貞夫の『オータム・ブロー』(JVC)。サウンドは完全にジェントル・ソウツ、リトナーのギターも大活躍なのですが、全曲ナベサダのオリジナルで「ホーム」東京でのライヴ・レコーディングということもあり、まさにこれはナベサダによるジェントル・ソウツ「乗っ取り」という構図になりました。ジェントル・ソウツには、サックス奏者のアーニー・ワッツがいますが、ワッツはどうしていたかというと、(アルバムでは)テーマのハモりがメインという気の毒な役どころでした。ライヴですからステージから降りているわけにもいかないので致し方ないところでしょう。それにしても、全曲ナベサダの曲でしかもライヴ・レコーディングでこの(すごい)演奏クオリティなのですから、ジェントル・ソウツはとんでもない実力の持ち主たちですね。

——アルバム紹介——
渡辺貞夫フィーチャリング・リー・リトナー&ヒズ・ジェントル・ソウツ『オータム・ブロー』(JVC)
演奏:渡辺貞夫(アルト・サックス、フルート)、リー・リトナー&ヒズ・ジェントル・ソウツ[リー・リトナー(ギター)、アーニー・ワッツ(テナー・サックス)、パトリース・ラッシェン(ピアノ、キーボード)、アンソニー・ジャクソン(ベース)、ハーヴェイ・メイソン(ドラムス)、スティーヴ・フォアマン(パーカッション)]
録音:1977年
ジェントル・ソウツの(自身のアルバム・タイトルでもよく省略される)正式名称がリーダー名に併記されています。グループの個性をはっきり打ち出すという考えなのでしょう。ちなみにこれはナベサダの大ヒット『カリフォルニア・シャワー』(JVC)の前年の録音。

さらに驚きの企画は、ギタリスト渡辺香津美の『マーメイド・ブールヴァード』(アルファ)。まず、名義がなんと「カズミ&ザ・ジェントル・ソウツ」なのです。ジェントル・ソウツのリーダーはギタリストのリー・リトナーですから、構図としてはリーダーの入れ替えです。さらに、演奏曲目が渡辺香津美のオリジナルがほとんど。唯一のリトナーのオリジナルはジェントル・ソウツの代表曲「シュガーローフ・エキスプレス」なのですが、なんとリトナーは自分の曲なのにテーマも弾かずソロもなし。リトナーは全曲参加していて、1曲だけギター・デュオがあるものの、完全に一歩下がっているというスタンスなのです。バックのサウンドは完全にジェントル・ソウツで、ソロと楽曲はほとんどカズミですから、「カズミ&ザ・ジェントル・ソウツ」という看板にはまったくいつわりなし、ですが、リトナーはほんとうにこれでいいのか?と突っ込みたくなる内容。企画する方も大胆ですが、受ける方はもっと懐が広いというか、どちらにも驚いてしまいます。

——アルバム紹介——
渡辺香津美&ザ・ジェントル・ソウツ『マーメイド・ブールヴァード』(アルファ)
演奏:渡辺香津美(ギター)、リー・リトナー(ギター)、アーニー・ワッツ(テナー・サックス)、パトリース・ラッシェン(ピアノ、キーボード)、アンソニー・ジャクソン(ベース)、ハーヴェイ・メイソン(ドラムス)、スティーヴ・フォアマン(パーカッション)
録音:1977年
全7曲中5曲が渡辺香津美のオリジナル。リトナーは「シュガーローフ・エキスプレス」を、この前と後に2ヴァージョンを自身のアルバムで録音しています。

じつはこの話のオチはここから。録音の日付をあえて書いていませんでしたが、これが驚きなのです。ナベサダのライヴ録音が77年10月23日、渡辺香津美の録音が10月17〜29日。なんと同時進行で、東京でアルバム2枚を作っていたのです。しかも同月には六本木ピットインでジェントル・ソウツの単独公演も開催。なんという強者たち。

リトナーがソロ・デビューしたのは前76年、ジェントルソウツの活動もそのころから本格化。今だからこそ、「あのジェントル・ソウツ」ですが、当時は当人たちの意識もまだ「新人アーティスト」かつ「実力派裏方仕事人」だったのかも。だから「グループ」らしからぬ仕事も受けた、と考えたのですが、データを調べて考えを改めました。たしかにジェントル・ソウツは実力派仕事人裏方集団であり、そうでなければこのような声もかかるはずはないのですが、じつはこれは緻密に仕組まれた、「新人」「裏方」脱却の売り出し戦略の一環だったのではないかと。

デビュー作『ジェントル・ソウツ』のリリースは同77年9月25日。その1か月後に大人気ナベサダのバックで大ホールのライヴに登場。当然ジェントル・ソウツのアルバムも注目されることになります。六本木ピットインも大盛況だったといいますが、客層とその広がりは違いますよね。

また、カズミ&ザ・ジェントル・ソウツの収録のリトナーのオリジナル曲「シュガーローフ・エキスプレス」は、この録音時には、まだ世に出ていない曲でした。この後、リトナーはこの曲をくり返し録音して代表曲なったのですが、初出ヴァージョンは同77年の末に『シュガーローフ・エキスプレス』というタイトルでリリースされたのです。つまりその後に、渡辺香津美という人気アーティストがそれを「再演」したという形になったのです(78年2月末発売)。つまり、77年秋から翌年春にかけて、ジェントル・ソウツのアルバム→ナベサダのライヴ→ジェントル・ソウツのアルバム→ナベサダのアルバム→渡辺香津美のアルバムが順に話題を提供し、市場に並んでいくのですから、宣伝の相乗効果は抜群だったはず。

この2枚のアルバムでは、ジェントル・ソウツは「乗っ取られて」いたものの、それは想定内のことで、リトナーはこれらを足がかりにして、その後の(日本の)フュージョン・シーンを丸ごと「乗っ取って」しまったのでした。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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