文/藤原邦康
体を柔軟に動かすために意識すべきなのは「ポカン口」
整顎の観点からアスリートにアドバイスするのは、体を柔軟に動かすために意識すべきなのは「ポカン口」を心がけること。顎関節の緊張が緩めば、頭部やアゴから前縦靭帯でつながる筋膜コネクションによってや脊椎から骨盤までが柔軟に連動しやすくなるからです。アゴの力が抜けるだけで背骨にムチのようなしなりが生まれ、動的な安定性が高まります。つまり、動作しながらでも体幹や骨盤の重心が定まり、背骨と下肢をつなぐ腰筋に柔軟性を保てるということ。左右の足の運びも均等になり動きやすくなります。腰筋はほとんどすべてのスポーツ競技において重要な役割を果たしますから、動きの中で体軸が定まります。例えば格闘技であれば突きや蹴りのスピードが出やすくなります。また、顎関節から筋膜で連結している内転筋もリラックスするため、股関節の可動性も高まりハイキックを出しやすくなるメリットもあります。口元が緩むだけで体に一体感が生まれるわけです。ポカン口をすれば大腰筋はリラックスし走る時に後ろに蹴りだしやすくなります。 内転筋もリラックスして開脚しやすくなります。
格闘家が戦いにおいて平常心でいるためにも口元は自然に緩んでいる必要があります。戦いながら適度にリラックスするというのは矛盾するようで難しい課題ですが、「達人」と呼ばれるレベルの武道家は微笑みを浮かべているイメージがしっくり来ますね。心理的に有利に立つという理由もありますが、咀嚼筋や表情筋が適度にほぐれていると体のキレやバランスが良くなるのです。
例えば、総合格闘技で最強と恐れられていたグレイシー一族を含む強豪外国人選手たちを次々と打ち破った全盛期の桜庭和志選手も試合中に時折笑みを浮かべていました。当時の桜庭選手の試合映像を見返すと、口元は適度に緩んでいて頭位が安定しています。しっかりと地に足がついていますが、上半身はリラックスしています。両腕を軽く揺らしながら突進して来る相手を迎え撃つ動作ではバランスの良さが伝わってきます。目まぐるしく変化する状況に合わせて、適時に口元をリラックスしたり引き締めたりすることが、剛柔併せ持つ強さにつながると言えます。
顎関節が緊張すると足の向きがバラバラになってしまう
これまで解説してきたサッカーや格闘技の他には、私はプロスキーヤーのコンディショニングをする機会があります。スラローム競技において、つま先の角度に左右差が生じるとタイムロスに直結します。左右で一方の腰筋群(大腰筋および小腰筋)の過緊張によるつま先の角度の偏りはスキーヤーにとっては死活問題。ところが、ストレスや競技前の緊張によって食いしばりが起こると、筋膜を介して大腿骨の外旋の左右差が増幅します。
アゴから背骨や腰筋群を経由して股関節につながる筋膜コネクションや食いしばりの悪癖によるつま先の向きのバラつきについては以前に解説したとおり。本来は両足が均等な角度を保っているべきですが、顎関節が緊張すると足の向きがバラバラになってしまいます。
裸足ではたった数ミリのつま先の開きの左右差が、スキー板の先端では数センチの差に増幅されます。足の角度に左右差があれば(利き足とは関係なく)左右どちらかにターンしづらいという問題が生じます。感覚的には「体はターンしているのに足先がついてこない」という状態で、大回りやコースアウトに直結しますからタイムトライアルでは不利ですね。
食いしばりによって増幅される左右に偏った腰筋の過緊張は、実はポカン口を意識することで防ぐことができます。口元がリラックスすると背骨をつなぐ前縦靱帯も適度に緩み、腰椎から股関節に伸びる左右の腰筋の筋のトーンが左右均等になって足の角度も均等に揃います。
文/藤原邦康
1970年静岡県浜松市生まれ。カリフォルニア州立大学卒業。米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック。一般社団法人日本整顎協会 理事。カイロプラクティック・オフィス オレア成城 院長。顎関節症に苦しむアゴ難民の救済活動に尽力。噛み合わせと瞬発力の観点からJリーガーや五輪選手などプロアスリートのコンディショニングを行なっている。格闘家や芸能人のクライアントも多数。著書に『自分で治す!顎関節症』(洋泉社)がある。