文/藤原邦康
毎年、年末にテレビ特番で戦力外通知を受けた野球選手の去就やトライアウト挑戦が取り上げられ耳目を集めます。甲子園などで活躍しせっかくプロになっても5年10年と現役を続けられるのはほんの一握りで、厳しい世界であることを改めて実感します。コンディション不調から戦線離脱してしまう選手たちも多く、アスリートの骨格調整も担当するカイロプラクターの一人として筆者も悩ましく思います。
私がJリーガーや五輪選手などのコンディショニング経験から学んできたことは「顎関節に問題を生じて体幹バランスを崩しているケースが多い」という意外な事実です。
つまり、かみ合わせが悪いと姿勢が安定しないということです。でも、なぜアゴの不具合が姿勢に影響するのでしょうか?理由の一つは、アゴが筋膜(きんまく)という組織を通じて全身につながり、スタビリティ(安定性)・瞬発力・柔軟性などと関わっているからです。
アゴの話の前にまずは骨格と筋膜の関係性を解説しましょう。
スポーツや日常動作の動力源となる骨格筋は体重の約40%を占める、体で最も重い軟部組織です。これら骨格筋は筋膜という薄皮でストッキングのように覆われています。筋膜が全身の筋肉を包んで部位ごとに形を保っているイメージ。体脂肪を落としたボディビルダーの筋肉がパーツごとにくっきりと分かれて見えるのは、筋膜がそれぞれの筋肉を仕切ってユニット化しているためです。
重い筋肉を、内側からは骨が「柱」のように支えるのに対して、外側からは筋膜が「外骨格」のように支えています。鉄筋コンクリートのように圧迫されても伸ばされても損傷を起こしにくい二重構造になっているのです。厳密にいうと、外骨格とは本来は昆虫など節足動物の外皮のこと。成虫になったカブトムシの鎧は指で押しても変形することはありません。一方、筋膜の場合は柔らかい組織膜でできており、しなやかで柔軟な動きができます。これは筋膜のもう一つの特徴である可塑性(かそせい)と関わっています。可塑性がある筋膜はビニール袋のような性質があるため、ゆっくり伸ばせば徐々に形が変わり急に伸ばされれば破れたりほつれたりします。筋ストレッチにおいても、毎日少しずつ伸ばせば柔軟性が増して怪我予防につながりますが、一度に無理に伸ばすと筋膜やその内側の筋肉が傷つきます。
スポーツや日常動作でも、急で偏った動作を繰り返すと筋膜に損傷や癒着(繊維の引っかかり)が生じます。筋膜は本来、骨格筋の摩擦を保護するものですが、癒着によってこすれ合うと炎症が起きます。また、筋膜は痛みの受容器を内包しているため疼痛を発症します。痛みは体の不具合を示す警告灯のようなものですが、アスリートは軽い違和感やうずき程度なら我慢してしまう気質があり、筋膜が起こす軽い痛みは見過ごされ蓄積していきます。すると、筋ユニットの機能が低下していき徐々に運動パフォーマンスも落ちていきます。
また、筋膜は連続性という性質を持っています。足裏と頭など一見離れた場所にあるパーツが全身に張り巡らされた筋膜で連結しているのです。全身の筋膜のつながりを詳しく探ると、後頭部(帽状腱膜)とアキレス腱が連結していたり腹筋が膝のお皿とつながっていたり…。意外なコネクションがあることが人体解剖によって判明しています。
前置きが長くなりました。アゴを動かす咀嚼筋は筋膜を通して背骨の前側をつなぐ前縦靭帯(ぜんじゅうじんたい)とつながっており、アゴを開け閉めすると背骨も連動して丸まったり伸びたりします。また、歩行の際に脚を前に運ぶ重要な筋肉とアゴはつながっているのです。アスリートのパフォーマンス事例と合わせて次回に詳しくお話ししましょう。
文/藤原邦康
1970年静岡県浜松市生まれ。カリフォルニア州立大学卒業。米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック。一般社団法人日本整顎協会 理事。カイロプラクティック・オフィス オレア成城 院長。顎関節症に苦しむアゴ難民の救済活動に尽力。噛み合わせと瞬発力の観点からJリーガーや五輪選手などプロアスリートのコンディショニングを行なっている。格闘家や芸能人のクライアントも多数。著書に『自分で治す!顎関節症』(洋泉社)がある。