文/印南敦史
生活様式などの変化により、現代を生きる日本人の身体や心のあり方は大きく変わった。
だからこそ、狂言師である『カラダが20歳若返る!和儀 医師もみとめた狂言トレーニング』(茂山千三郎 著、秀和システム)の著者は「いまこそ『和儀』に注目すべき」であると主張するのだ。
和儀とは、670年以上続く狂言の伝統的な身体技法や呼吸法をもとにした健康法である。
和儀には、身体と心を再び調和させるための三本柱として「身」「儀」「礼」があります。
「身」は身体づくり、「儀」は学びを素直に身体に落とし込むこと、そして「礼」は感謝を指します。
この「身」「儀」「礼」は、すべてが重要です。
しかし、まず「儀」がなければ「身」につかないのです。
つまり、身体を通して素直に学び、感じることができなければ、心身の健康と美しさは得られないと考えるのが和儀です。(本書「はじめに」より)
すなわち本書において著者は、「和儀」の考え方や方法論を取り入れることを読者に勧めているのだ。そうすれば、健康寿命を延ばし、精神を安定させ、より豊かな生活を送れるようになる可能性があるからである。
ちなみに著者の父である四世茂山千作(享年96)はその半年前まで現役、祖父の三世茂山千作(享年89)は87歳まで現役。現在も野村萬は92歳で現役、野村万作は91歳で現役、山本東次郎は86歳で現役と、狂言師には長生きが多いが、その秘密は日々の生活や舞台で実践している伝統的な身体技法や呼吸法にあるのだという。
なかでも重要視すべきは「呼吸法」だ。
狂言師の呼吸法は、丹田(たんでん)を意識した深い腹式呼吸が基本です(丹田呼吸)。丹田を意識した呼吸法は、酸素を効率的に体内に取り込み、血液の循環を促進することで、健康に重要な要素を活性化させます。
また、深い呼吸は副交感神経を刺激し、リラックス効果を生み出すため、精神の安定にも寄与します。(本書17ページより)
つまり狂言師たちは呼吸法を通じて心身のバランスを保ち、健康な状態を維持しているということである。
また、狂言師たちの独特な動きである「摺り足」も、長生きに大きく貢献しているようだ。
狂言の摺り足は、上半身のブレをなくし、床をなでるように足を運ぶ独特な歩行法です。
これにより、膝や腰に負担をかけることなく、体全体のバランスを保ちながら動くことができます。(本書17ページより)
これは古くから日本人が自然に行ってきた歩き方であり、狂言師たちはそうした伝統的歩行法を現代においても実践しているのである。そのおかげで体幹が強化されるため、身体にあった正しい姿勢を保つことができ、それが健康寿命を支えているということだ。
そしてもうひとつ、狂言師たちが舞台で取り入れている「構え」にも注目すべき価値があるという。
狂言においては、役者はつねに自分の体の「軸」を意識し「天地人(天と地と人間)」を結びつける感覚を養います。
この「軸」を保つことで、体が歪まず、エネルギーの流れがスムーズになり、全身の調和が取れた状態を維持できます。(本書17〜18ページより)
これが狂言師の「構え」。軸がブレず、体が歪んでいないことがわかる。
洋装で同じ「構え」を取った写真。まっすぐな軸が、上半身から腰まではもちろん、腰を落とした足の間まで、ほぼ左右対称に通っている。
この構えは身体のバランスだけでなく、精神的な集中力や直感力を高める効果もあるようだ。そのため心身ともに健康な状態を保つことができるわけで、それは狂言師の長寿命の裏づけになっているのである。
もちろん、狂言師と同じ生活をすることは難しいだろう。しかし、取り入れられるところを取り入れてみるだけでも、健康寿命を伸ばすことができそうだ。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。