文/印南敦史
インターネットやSNS、テレビや新聞などのメディアは、老年の不安を煽るような情報であふれている。したがってそれらを目にすると、“老いの心配”はどんどん大きくなっていくだろう。
しかし、そういったことに翻弄されすぎるべきではない。
なぜなら私たちには、漠然とした不安や憤りに多くの時間を預けていられるほど先がないからだ。ならば、一方的な情報に翻弄されてネガティブな気分になるより、自分本来の気持ちのいい状態=「あるがまま」を取り戻すことにエネルギーを注ぐほうが前向きではないか?
『70過ぎたら あるがまま、上手に暮らす』(沖 幸子 著、祥伝社)の著者はそう主張している。
必要以上に、老年の不安を煽るような情報に惑わされない。そういったものは、なんとなくの漠然とした心配だから、実体などないのだと認識すること。
そのうえで、ジタバタしない。「すべてはうまくいっている」とゆるやかに信じることにして、未来のことは若者に託し、半分身を任せてしまう。
ある部分はあきらめ、今をどう生きるかに集中し、お金との付き合い方を決めていく。そうしてなんでもない毎日をどのように自立させ、楽しく暮らすかに思いを馳せる――。(本書「プロローグ」より)
もちろん「老人」という役割は、人生のなかで誰もが初めて遭遇するもの。だいいち、そもそも幸せの尺度は人それぞれである。だから、立派で人に誇れる上手な生き方ができなくても当然なのだ。
むしろ、下手な生き方でいいから、自分が満足できる程度に折り合いをつけつつ、日々の暮らしをそこそこ上手に送れれば、いいのです。(本書「プロローグ」より)
それは、健康に関する考え方にもあてはまるようだ。
もちろん体を鍛えることは無駄ではないし、本人が納得できているのであれば周囲がどうこう口を挟む必要もない。しかし、もしも「これから長生きするために努力しなければいけない」というように目的が肥大化しすぎてしまい、その結果として無理をしているのであれば、意味がまた違ってくるということだ。
老いの健康管理は、ハードに鍛え上げるのではなく、ゆるやかにバランスよく、身体と心に合ったものを選べばいいと思う。
「しなければいけない」「してはいけない」に振り回されない。
「毎日の散歩で1万歩は歩く」というように、ノルマを課すこともしない。
義務的な散歩より、家の中で立ったり座ったり、あれこれ工夫を凝らした家事をすれば、いつの間にか3000歩程度は動いている。少し外へ出ればそれ以上にもなる。
すべてが「しなくては」となると、老体にはつらいもの。
身体も心もゆるゆると、のんびり暮らすことが自然でベストな“健康法”かも。(本書28ページより)
いろいろやってみたとしても、自分にとって負担の大きいものは定着することがないだろう。いわば「シニアの健康法」も人それぞれであり、結局のところは“自分が気持ちいいと思える、続くもの”こそがベストだということだ。
著者も、起きて必ずやるのは体重を測ることだけで、簡単だからこそ毎日の習慣になっているそうだ。「それは健康法ではないのでは?」と思われるかもしれないが、体重計の数値は「きのうは食べすぎたかな」「きょうはケーキでも食べるか」などなど、自分なりの健康バロメーターにはなるだろう。
いずれにせよ、「どうしてもやらなければいけない」という金縛り的な健康志向は、長い年月のうちに自分には合わないとわかってきたということのようだ。
何事も、心や身体に負担のかからない自分流の健康管理法が、余生に入った高齢者にはラクで心地いいものかもしれません。(本書30ページより)
食べ物のことについても同様で、毎日の暮らしのなかでバランスをとればいいのだという。「必要以上に、健康情報に人生をコントロールされたくない」という意見には、純粋に賛同したくもなる。
たとえば、お肉なら脂身の少ない赤身がいいと言われているが、やっぱりそればかりでは人生の楽しみがないと思うので、たまには脂が滴り落ちるサーロインをワサビと醤油で食べる。
あじ・さばなどの青魚が脳にいいといくら言われても、そればかりでは心が貧しくなってしまうから、たまには数の子やウニを豪勢に食べてみる。
チョコレートもカカオのパーセントが高いものが身体にいいとわかってはいるけれど、ときには外国製のミルクたっぷりのものを食べると幸せな気分になるし、身体が「おいしい!」と叫んでいるのがよくわかる。(本書33〜34ページより)
とはいっても程度の問題はあるはずで、おいしいからと食べすぎてしまったのでは意味がないだろう。著者の場合も、はっきりと害のある食べ物はさすがに敬遠しているようだ。
だが、血糖値やコレステロールが心配される食べ物であったとしても、心と身体がそれを食べたいと望むのであれば、身体と心が喜ぶときに“少量”と決めて食べればいいというのである。
それもまた、納得できる主張ではないか?
なおタイトルからもわかるように、本書は70代に向けて書かれたものである。しかし実際のところそれ以前、すなわち50〜60代にもあてはまる内容だと感じた。
70代であろうが50代であろうが、これからの生き方を見なおしてみたいのであれば、手に取ってみる価値はあるだろう。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。