文/印南敦史
相続の際にはクリアしなければならないことが多いが、なかでも大きなハードルとなるのが「実家」の問題ではないだろうか。「実家を処分したい」「土地をなんとかしたい」という思いがあっても、そのためにすべきことについては不明点が多いからだ。
でも、そうした悩みを抱えている方に、『絶対に後悔しない家の売り方』(齋藤智明 著、秀和システム)は役立ってくれるかもしれない。著者は、「相続に強い不動産会社」として長年にわたり不動産に関する相談を受けているという人物だからだ。
しかもそのバックグラウンドには、実父の不動産に関する相続・投資での失敗を目の当たりにした際、自分がなにもできなかったことを実感したという自身の経験がある。それを機に、不動産のことで困っている人のための「駆け込み寺」になりたいという思いから不動産コンサルティング業に従事するようになったというのである。
最近になって、より顕著に増えてきたのが、実家の処分についての相談です。
もはや「負動産」という文言も珍しくなくなりましたが、実家を売ればお金になるとは限りません。むしろ、お金を払ってでも処分したほうがいい、という不動産はいくらでもあるのです。(本書「はじめに」より)
しかも今後は、「家を売りたい」「実家をなんとかしたい」という相談はますます増えることが予想されるという。だが、そこを乗り越えるためには、正しい知識が必要とされる。
そこで著者は本書に、インターネットでは仕入れられないような情報を詰め込んでいるわけだ。今回は第4章「とくに実家を売るときに注意したいポイント」のなかから、「親が元気なうちにやっておきたい5つの作業」を確認したい。
作業1:家の片づけ
数十年にわたって住み続けた家の家財の量は膨大であるだけに、親の死後、それを片づけていく作業は過労となるほどの重労働になりかねない。だからこそまず大切なのは、いらないものを確認して処分していくことだ。
よく「自分にはいらないものばかりだから、親が亡くなったら整理業者に頼んで、全部処分してもらえばいい」とお考えの方もいますが、おススメできません。なかには宝石や貴重品もあったのに、一括で捨てられてしまうことも、実際によくある話です。
しかも、その費用は何十万円もかかってきます。必要なものと不必要なものを、親御さんに仕分けしてもらいましょう。(本書175ページより)
とはいえ、親もなかなか動きはじめることができないもの。そのため、最初のうちは一緒に片づけに取り組んでみることも必要だ。その際に大切なのは、ただ不用品を捨てるだけでなく、「この着物は長女にあげたい」というような親の思いを尊重することである。
作業2:全資産の棚卸し
どの銀行や証券会社でなんのやりとりをしていたのかがわからないまま親が亡くなると、相続すべきものの存在もわからないということになりかねない。そこで重要なのが、金融機関の口座、株式運用口座、有価証券、地方に持っている土地、貴金属など、全財産を親に羅列してもらうこと。
作業3:ローン残債と権利関係の引き継ぎ
実家のローンが完済されているか、残債があるならいくらなのか、親から教えてもらうことも忘れずに。また、ローンの支払いが終わっているにもかかわらず、抵当権が登記に残っていることもあるそう。その抵当権を抹消しておかないと、あとで面倒なことになる場合もあるという。
たとえば、お金を借り入れた当時はAという会社であったが、合併を繰り返してCという会社になっていると、手続きが必要になることがあります。金融機関は合併が多いので、消滅している法人から借り入れていると複雑になるケースがあります。(本書177ページより)
作業4:相続登記
実家の土地が登記されているかの確認も重要。親がその親(祖父母)から土地を受け継いだ際に、相続登記をしていなかったということがあるからだ。その場合、相続人には親のきょうだいも含まれているため、実家の売却には親のきょうだいの承諾を得る必要が出てくるのだ。
親の代で、誰が土地の所有者なのかをはっきりさせ、正式に登記しておいてもらうことが、後々の手続きの煩雑さを解消させ、トラブルを回避します。(本書178ページより)
作業5:測量
土地の登記上の面積は、測りなおしたらズレていたということがよくあるため注意が必要。
なお測量する際には、近隣の方から印鑑をもらう場合がある。だが、普段つき合いのない相続人が、測量のときになっていきなり現れるのだから、隣人ともめることも考えられる。
また、隣地所有者に相続が発生していて、境界の確認ができないケースもあります。親御さんには、普段から近所の方とのおつき合いを円満にしておいてもらいましょう。(本書179ページより)
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ものの整理や財産の把握はなかなか面倒なので、先送りにしている人も少なくないだろう。だが、それは避けられないことでもある。だからこそ、親に動き出してもらうためには、子どもたちからの促しが必要なのだと著者は主張する。
ポイントは、「一緒にやろう」と声をかけ、親の負担を減らす意図を告げること。そうすれば、親御さんも前向きに動き出してくれるかもしれないからだ。いずれにしても、本書を参考にしながら、乗り越えなくてはならない問題をひとつひとつクリアにしていきたいものである。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。