文/印南敦史
「2001年にギネスブックに認定された、人類史上もっとも感染者数の多い感染症はなにか?」
こう問われたら、はたしてどのような感染症を思いつくだろうか?
歯科クリニックの院長である『歯周病になったらどうする?』(亀井孝一朗 著、アスコム)の著者によれば、意外やそれは歯周病なのだそうだ。もちろん蔓延ぶりは日本も同様で、30代以上の約6割の人が歯周病だといわれているという。
歯周病とは、細菌によって歯のまわりの歯ぐき(歯肉)に炎症が起こり、さらに進行すると歯を支えている骨が溶けてしまう病気。重症化しないと症状に気づきづらく、痛みもないだけに、初期段階ではとくに生活に不都合をもたらすものではない。
しかし、だからこそ軽視されがちであることが、著者のような歯科医にとっては大きな課題であるようだ。
ですから、はっきりいいます。
「歯周病は、みなさんが思っている以上にとても危険な病気」です。
なおかつ寿命が延び、「人生100年時代」といわれているなかで、死ぬまで幸せな人生を過ごすためには、見逃せない病気なのです。(本書「はじめに」より)
理由は大きくふたつあり、まずひとつは「歯を失う原因になる」こと。進行すると歯ぐきが腫れる「歯肉炎」となり、さらに重度になると「歯周炎」となって歯を支える土台を崩していくのだ。
たとえ、インプラント、差し歯、入れ歯などで失った歯を埋め合わせても、歯周病でボロボロになった歯ぐきでは、自前の歯よりも噛む力が失われてしまい、硬い食べ物が食べづらくなったり、食べ物を歯で細かく砕くことができなくなったりします。(本書「はじめに」より)
つまり歯がなくなることで栄養の摂取が困難になり、それが老化を早めたり、筋力の低下を招いたり、体調を崩したりする原因になるわけである。
もうひとつの重要なポイントは、歯周病が動脈硬化や心筋梗塞、糖尿病、関節リウマチなどの自己免疫疾患だけでなく、アルツハイマーや新型コロナウイルスとの関係性も語られるなど、多くの病気との関係性が指摘されているという点です。(本書「はじめに」より)
老化や不調、病気まで、歯周病が進行することによって体にさまざまな害がもたらされる危険性があるわけだ。しかも歯周病は、一度症状が進行し、歯ぐきや歯を支えている骨が溶けたらもとには戻らない。
したがって、早めに歯科で適切な治療を行うこと、そして日々の生活習慣やケアによってさらなる進行を防ぐことが大切なのだ。
ここでは本書で明らかにされている「正しいケアの方法」のなかから、「歯磨き」に関するトピックを抜粋してみよう。注目すべきポイントは、著者が「寝起きうがい」と1日3回の歯磨きを推奨していることだ。
口腔内細菌は食べかすを餌にして繁殖し、食後4〜8時間程度でネバネバとしたプラークをつくり、24時間後には歯石になりはじめる。そこで著者が勧めるのが、「寝起きうがい」と1日3回の歯磨きだ。
夜、眠る前にしっかり歯磨きをしていても、睡眠中は細菌が繁殖しやすい。そのため朝起きてからのうがいが重要なのだ。
睡眠中は唾液の洗浄効果が少なくなるため、わずかな食べかすが残っているだけでも、細菌は活発に活動して繁殖します。朝起きると口のなかがネバネバしたり、口臭を感じたりするのはそのためです。
そのため、朝起きたら、なにかを飲んだり食べたりする前によくうがいをしましょう。(本書168ページより)
歯磨きに関しては、朝晩だけでなく、昼食後の歯磨きも意識して、1日3回の歯磨き習慣をつくるといいそうだ。
できれば、昼食後30分以内に歯を磨くのが菌の繁殖を予防するためには効果的です。歯磨きをすることで口臭予防にもなるので、午後のエチケット、リフレッシュとしても効果的です。(本書169ページより)
とはいえ、歯磨きの回数や手間を増やすことは、簡単なようでなかなか難しいものでもある。そこで著者のような歯科医は、患者さんに歯磨き指導をする際には以下の2点を重視しているのだという。
1:完璧を求めないこと
2:とにかく褒めること
(本書172ページより)
いきなり「歯磨きは1日3回。それに加え、フロスですべての歯間をケアしてください」と伝えたとしても、完璧にそれをこなすのは難しい。したがって、「やれることからはじめる」ようにすればいいということである。
最初は完璧なケアができなかったとしても、まずは「昼食後にケアをする」などの“ちゃんとできる行動”を習慣化することからはじめ、少しずつ高度なケアができるようにしていくのだ。
また、歯磨き習慣をつくるうえでは、できなかった自分を責めるのではなく、できたときに「しっかりできた自分」を褒めることも大切だという。あるいは、「1週間、毎日3回の歯磨きをする」という短期目標を設定し、それが達成できたら、食べたかったスイーツや少し値の張るお酒を買うなど、自分に“ご褒美”を与えることもいいようだ。
継続的に、「目標設定」と「達成」のサイクルを繰り返していけば、「歯磨きをしないと気持ちが悪い」と習慣化していくはずです。(本書175ページより)
なお、自分にご褒美を与えるような行為を「子どもっぽくて恥ずかしい」と思う必要はまったくないと著者はいう。「気恥ずかしかったとしても、誰にもいわなければ内緒のままでいられるから」というのがその理由で、たしかにそのとおりかもしれない。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。