取材・文/鈴木拓也
ヴェネツィア共和国の有力貴族であったルイジ・コルナロ
ルネサンス期のイタリアは、12世紀頃に発明されたパスタの種類が多様化するなど、食文化がいろどりを増し始めた時期と重なる。もっとも当時はヘルシーな食事という概念は乏しかったようで、都市部の貧しい民衆が食べていたのは、獣肉の脂身と湯で茹でたパスタに、バターやチーズをどっさりかけただけといったもの。
バラエティさに欠ける食事が主で、逆に貴族は自身の権勢をアピールする目的もあって、豪華な祝宴をたびたび開いては、食べきれないほど多くのこってりした食事を腹に詰めた。
ヴェネツィア共和国の有力貴族(政治家でもある)であったルイジ・コルナロ(1464~1566)もそんな1人であった。生まれつき強健とは言えなかったが、若い時分は食欲が命ずるままに、満腹になるまで飲み食いし、腹痛が絶えなかった。
そのうち痛風が出てきて、常に微熱と渇きに悩まされるようになり、それが45歳になるまで続いた。当然、医者を渡り歩いて様々な治療法を試したものの効果はなく、とうとう侍医に「このままでは数か月の命」と宣告されてしまう。
アンチエイジングの秘訣は、ただ小食のみにあった
コルナロは、医師たちを呼んで一縷の望みをかけて相談したところ、「食を厳しく節すること」という答えが返ってきた。コルナロは、以前から同じ忠告を繰り返し聞かされてきたが、食べる楽しみを手放すことができず、無視していた。しかし、事ここに至り従うよりほかに手立てはなかった。
医師の最後通告に従い、食事を減らしたコルナロだったが、数日続けてみると、なんだか体調が良くなった気がし、やがてそれは確信へと変わる。そして1年もしないうちに、病気の巣であったような身体から、きれいさっぱりと病が消え去ったのである。
そればかりではなく、短気で怒りっぽい性格から快活で穏やかな性格へと変わり、気分は常に喜びに満たされ、眠りも快適で、いつも楽しい夢ばかりを見るようになったという。それは80歳を過ぎても変わることなく、馬を駆り、山に登り、公共事業と執筆に精を出しても疲れを知らず、五官の衰えをみなかった。
102歳に安らかな死を迎えるまで、コルナロは前半生とは別人のような楽しい人生を送ったのである。
彼の実行した、今で言うアンチエイジングの秘訣は、ただ小食のみにあった。4篇の講話からなる晩年の著作(『無病法』という書名で邦訳版が出ている)を読むと、彼が食べていたのは、パン、卵の黄身、肉、スープのみで、1日の総量は約350グラム(炊いた米1合ぶんに相当)。これを2回に分けて食していたという。
これとは別にワインを、1日あたり400ccほど飲んでいた。他に特殊な呼吸法や運動法をしていたわけではない。様々なアンチエイジング法やダイエット法が乱立するなか、シンプルに徹したコルナロの無病法は、5世紀経た今の方が、かえって新鮮に見える。
とはいえ、1日3食が当たり前の現代人がこれを実行するには、かなり厳しいハードルだろう。それでも、ちょっと体の調子が優れないときなどの「プチ小食」は、やってみる価値のあることだと思われる。
例えば、週に1、2回1食抜くとか、週末に断食道場に通うといったささやかな試みだけでも、習慣づければ何かが変わってくるかもしれないのだから。
【参考図書】
『無病法』
(ルイジ・コルナロ著、中倉玄喜訳/PHP研究所)
文/鈴木拓也