日本でのハーブ栽培の第一人者。ハーブが味のアクセントとなるお握りや卵焼きの並ぶ朝食が、農芸家の健康を支える。
【霜多増雄さんの定番・朝めし自慢】
フランスのレストランで食べた料理が、その後の人生を決めた。霜多増雄(しもた・ますお)さん、23歳の時である。
「サラダが運ばれてきた時、“ずいぶん匂いが強いな”と思ったんですが、食べてみると旨い。それがハーブとの出会いでした」
1945年、茨城県取手市に生まれた。高校卒業と同時に、家業である農業に従事するが、父親との諍いが絶えぬ日々。そんなある日、世界の農業を学びたいと思っていた霜多さんが、家を飛び出して向かった先がフランス。そこで冒頭のハーブと出会うのである。
帰国後、ハーブ栽培に着手するも、日本に師となる人はいない。そこでイギリスのハーブ研究家、ジョン・マナーズ卿に手紙を出して渡英。かくしてイギリスのみならず、ヨーロッパや中東でハーブ栽培や有機農業を学び、1975年、30 歳で日本初のハーブの栽培を始める。さらに’90年には「シモタ農芸」(シモタファーム)を設立。“農場”ではなく“農芸”としたのは、エビデンス(科学的根拠)のあるハーブや生食野菜の栽培を目指したからである。以降は「全国農業コンクール優秀賞」や「日本農業賞(金賞)」「緑白綬有功章」などを受賞。3年前からは開発途上国への国際協力を行なうJICA(ジャイカ・独立行政法人 国際協力機構)の民間連携事業で、インドネシアでの野菜栽培にも挑戦している。
エビデンスのある農産物
「シモタファーム」の農産物が評価される背景には、“無農薬・無除草剤・無殺菌剤” “自家製完熟堆肥による土作り” “抗酸化力”などがある。例えば、朝食に登場するお握りは“シモタの有機質米”で握る。これはどんな米か。
「LPS(リポポリサッカライド)が通常のブランド米で100g中31マイクログラムなのに対し、うちの有機質米には41マイクログラム含まれている。これは肥料による違いです。LPSとは土壌などに含まれる細菌の一部で、免疫力を上げる効果があり、免疫ビタミンともいわれます」
霜多家の朝食は、おかかとハーブが入ったお握りに、同じくハーブ入りの卵焼き。加えて、妻の由子さんが作る発酵ジュースが欠かせない。エビデンスのある米や野菜、ハーブが、一家の健康の源だ。
エビデンスに基づいた農産物で、みんなが健康になってほしい
霜多さんがハーブ栽培を始めた40数年前、市場では誰も見向いてくれなかった。ところが、いち早く目をつけた人たちがいる。帝国ホテルの村上信夫元シェフやホテルオークラの小野正吉元シェフだ。
「次第に国外のハーブの種子を持ち帰ったシェフから、栽培を依頼されるようになった。さらに、’80年代後半からの“イタメシブーム”がハーブ需要に拍車をかけ、事業は軌道に乗り始めました」
この頃、新潟薬科大学教授(当時)の及川紀久雄さんと知り合う。この出会いが、エビデンスのある野菜作りを志す契機となった。
「私は有機農業の観点から“いい野菜”を作っていると思っていたけれど、科学的に見ればそうではなかった。そこで及川先生の協力を得て、エビデンスのある野菜作りを決意したのです」
現在、「シモタファーム」ではハーブを中心に年間約120種類の野菜を作っている。来春からは貸農園も始まる予定だ。
エビデンスに基づいた野菜を世界に広めることで、世界中の人々が健康になってほしい。農芸家の願いである。
※この記事は『サライ』本誌2022年12月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。 ( 取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆 )