文/印南敦史
歳をとれば、当然ながら体力も知力もある程度は衰えてくるだろう。だが『医者が教える 50代からはじめる 老けない人の「脳の習慣」』(和田秀樹 著、ディスカヴァー携書)の著者によれば、それは一般的に考えられているほど悲観的なことではないようだ。
たしかに周囲に目を向けてみても、杖などの歩行補助器具に頼らず普通の速さで歩ける人は少なくない。また、知能的に極端な劣化が見られるというようなケースも、さほど多くはないはずだ。
しかしその一方、“思わぬところ”から、思わぬほど早い時期から劣化が始まるのだそうだ。
それを放っておくと体も見た目も老けていき、ボケまで始まってしまうこともあるというのだが、その“思わぬところ”とは、なんと「感情」だというのである。正直なところ、ここで感情に話が及ぼうとは予想だにしていなかった。
医学的にいうと、「体力や知的機能よりも感情機能のほうが先に衰え、感情が老化するためにボケも始まり、体も見た目も老け込んでいく」ということ。仮に言語性IQや動作性IQがとりあえず維持できても、それ以外の面での老化やボケが始まってしまうのです。
しかしこのことは逆に、前頭葉の若さを保ち、「感情の老化」を防げれば、多くのボケ状態も未然に阻止できる、体や見た目の老化もストップできるということです。(本書「はじめに」より)
したがって、脳から全身に広がる老化を防止するためには、まずは前頭葉を鍛えておくことが必須。もっとも有効なのは、前頭葉の機能そのものを普段からフル稼働させること。具体的には、
1.努めて意欲的になり、前向きな感情に自らを導き、
2.頭の切り替えを速くし、
3.創造力を磨いて働かせる。(本書「はじめに」より)
ということが大切なのだという。
とくに意識しておきたいのは、「入力(インプット)系よりも出力(アウトプット)系が肝心」だということ。脳のなかで入力系に関わっているのは側頭葉や頭頂葉だが、ため込まれた記憶、知識や情報をひっぱり「出す」出力系に関わっているのが前頭葉。その「出す力」を意識的に訓練することで、前頭葉全体の機能を活性化できるというのである。
そこで本書では、そのための方法を具体的に紹介しているわけである。が、それらは決して難しいことではない。当たり前のように行っている日常の行動に目を向け、それらを研ぎ澄まさせていくよう意識することが、相応の効果につながっていくようなのだ。
興味深いのが、「変化を楽しもう」という著者の提案だ。「変化」や「問題」を前にしたときにそれらを回避するのではなく、「前頭葉を鍛えるチャンス」と捉え、喜んで対峙すべきだというのだ。そうすれば、前頭葉がフル稼働することになるからである。
「杓子定規な人はボケやすく、頭が柔らかく臨機応変な人はボケにくい」というのは医学的にも正しいことです。
頭頂葉と側頭葉はルーティンワーク、前頭葉は「想定外」と、脳のそれぞれの領域で分担が決まっていることと関係しています。
頭が柔らかく臨機応変な人というのは、前頭葉が活発に働いて鍛えられるため、老化を防ぐことができるのですが、このことは、変化に富む刺激的な生活のほうが、前頭葉は鍛えられ、老化を防ぐことができることを意味しています。(本書72ページより)
たとえば著者は本書において、自ら「想定外」との出会いを探しに行こうと提案している。もちろん災害や事故などの想定外は別だが、「うれしい想定外」や「なにが起こるかお楽しみ」というような想定外には、出会う価値が大いにあるということだ。
もっと基本的なことをいうと、望みもしないのに訪れる問題や変化にも、これを避けようとするのではなく、むしろ積極的に対峙して、問題解決に臨む心構えが大切ということです。(本書73ページより)
たしかに私たちは、予想もしていなかったような“困ったこと”や“面倒なこと”が起こると、それを否定しがちだ。だから「関わりたくない」というようなネガティブな感情によって、無意識のうちにそれを押し殺してしまおうとするのかもしれない。
しかし大切なのは、なにか変化や問題が起こったとしても、それを恐れることなく、また「嫌なこと」「面倒なこと」などと思わずにきちんと向き合うことなのだろう。
著者はそれを「『よし、これは前頭葉を鍛えるいいチャンスだ!』と喜んでその変化や問題に向かっていくということ」だと述べている。つまり大切なのは、それらを自らを高めるためにツールとして活用してしまうこと。
要は目の前に現れた問題をもチャンスと認識し、それを逃さず、新たな刺激として活用すればいいのである。
変化を恐れず、むしろ変化を楽しむくらいの気持ちを持つこと。すると前頭葉は一層大喜びでフル回転し、意欲的になり、素晴らしい解決策がひらめいてくるはずです。(本書73ページより)
年齢を重ねると頭が硬くなるものだが、だからこそ著者のこのことばを記憶にとどめておきたいものである。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。