文/小林弘幸
「人生100年時代」に向け、ビジネスパーソンの健康への関心が急速に高まっています。しかし、医療や健康に関する情報は玉石混淆。例えば、朝食を食べる、食べない。炭水化物を抜く、抜かない。まったく正反対の行動にもかかわらず、どちらも医者たちが正解を主張し合っています。なかなか医者に相談できない多忙な人は、どうしたらいいのでしょうか? 働き盛りのビジネスパーソンから寄せられた相談に対する「小林式処方箋」は、誰もが簡単に実行できるものばかり。自律神経の名医が、様々な不摂生に対する「医学的に正しいリカバリー法」を、自身の経験も交えながら解説します。
【小林式処方箋】寝る前だけスマホを遠ざけてみる。
SNSは人生のマイナス要因?
スマホ依存の大半はゲームやSNSによるものです。特にSNSは大きなストレス要因にもなっていますので、極端なことを言えば、SNSそのものをやめてしまってもいいのではないか、と私自身は考えています。
これは、14歳から24歳の若者を対象にしたイギリスの研究(2017)ですが、英国王立公衆衛生協会によると、SNSの長時間の利用は、「不安感や鬱、不眠の悪化に繋がっている」そうです。特に「インスタグラム」は、他人と自分を比較しやすく、不安感や孤独感、いじめ、外見への劣等感など否定的な影響が、他のSNSよりも高いことがわかりました。
日本でも「SNS疲れ」という言葉が登場しています。若者のSNS疲れに関する調査によると(2019/Link)、76%が「SNS疲れ」を経験しているという結果が出ました。疲れるSNSランキングは以下の通りです。
1位 ライン(68・8%)
2位 ツイッター(58・9%)
3位 インスタグラム(57・1%)
4位 フェイスブック(14・3%)
例えば2位のツイッターが疲れる理由。
1位 攻撃的な言葉や誹謗中傷が目に入る
2位 繋がり過ぎた結果、見たいと思わない情報まで入ってくる
3位 他の人にどう思われているかを想像したり他人と比較したりすることで、言いたいことが言えなくなる
4位 自分のテンションが低いときに高いテンションの投稿を見た(逆も含む)
5位 周りの反応やリツイート・いいねの数が少ない
見ての通り、SNSで人間関係が広がった結果、そのことでストレスを感じてしまっているのです。
もちろんSNSには、コミュニティーづくりや自己表現、孤独感の解消などプラス効果もあるでしょうが、私はマイナス要因のほうが大きいのではないかと考えています。
ストレスの9割は人間関係
実際、ストレスの9割は、人間関係に起因すると私は考えています。
例えば、飲み会などで、人の悪口を聞いてしまったらどう思いますか? またあなた自身が、人の悪口を言ってしまった後、どんな気持ちになりますか?
人から聞いてしまった悪口も、つい鬱憤晴らしで口にしてしまった悪口も、その後、嫌な気分に襲われるはずです。この時人は、自律神経が乱れてしまっているのです。
私はある時期から、他人の評価を人前で口に出さないことに決めました。たとえ褒めるにしても、それは当人の前で言えばいいことです。もし第三者の話題になったら、「よく知らないんです」と言うようにしています。もしその人のことを良く思っていない場合は、話題に乗ってしまうと、どうしても最後は悪口になってしまう。無理に褒めようとすれば、それはストレスになります。「知らない」「わからない」と言うと決めておくと、その話題に入らずに済みます。
SNSから「繋がり過ぎた結果、見たいと思わない情報まで入ってくる」のも考えものです。例えばSNSには、リア充をアピールする投稿が多く見られますが、投稿している人間はこのことで自己顕示欲を満たしているのでしょう。しかしそれを見た人間は、自分と比較してしまい、妙に焦ってしまったり、「自分は充実していないんじゃないかと落ち込んだり、あるいは妬んでしまったり……」と気分が乱れてしまうことが多いのではないでしょうか。やはりこの時も、あなたの自律神経は乱れてしまっているのです。
SNSは、こうした対人関係のストレスに常に晒されている状態だと言えます。ツイッターが疲れる理由の第1位は「攻撃的な言葉や誹謗中傷が目に入る」からだそうですが、これなどまさに、心ない言葉に自分の自律神経が乱されているのです。周りの反応やリツイートを期待し、結果が思わしくなければ、それもまた、自律神経に悪影響を与えます。
他人の反応や動向が気になるあまり、自分の自律神経を乱し、心身のコンディションを崩しているようなら、SNSとの距離感や、関わっている時間を考え直す必要があります。
何より、SNSに拘束されている時間がもったいないと思いませんか? SNS疲れを感じている人はもちろん、そうでないと思っている人も、知らず知らずのうちに、自分のペースを乱されていることが多いのです。タイムマネジメントの観点からも、SNSはつきあい方が難しいメディアと言えるでしょう。
寝る前のスマホは睡眠不足に直結
ただし、SNSが生活の一部となり、ここから多くの情報を得ている人も多いでしょう。私のように完全にやめてしまうことは、難しいかもしれません。そんな人は、ぜひこのことだけは、守るようにしてください。
寝る直前にSNSを見ない。これだけです。
人間の体は、夕方から副交感神経が優位になり、リラックスモードになっていきます。睡眠の準備が始まっているのです。
しかし、寝る直前まで、スマホやパソコンでSNSを見ていたらどうなるでしょう。脳が刺激されてしまうので、交感神経が活発化してしまうのです。すると、副交感神経よりも交感神経のほうが高まり、体は疲れているのに眠れない、という状態になってしまいます。眠れたとしても、「眠りが浅い」「夜中に何度も起きる」というトラブルが起きやすくなります。
質の悪い睡眠を続けていると、自律神経は乱れたままとなり、疲労が蓄積されていきます。副交感神経のレベルが低下し、血流が悪くなるので、身体機能も低下していくのです。
するとどうなるでしょうか。免疫が低下し、やがて大病に繋がっていきます。慢性的な寝不足状態にある人は、体内のホルモン分泌や自律神経機能が乱れ、糖尿病や心筋梗塞や狭心症などの冠動脈疾患といった生活習慣病に罹りやすいことが、医学的にも明らかになっています。
睡眠は長ければいいわけではない
睡眠についてもう少しお話ししましょう。
睡眠時間についてですが、長くても短くても体に良くありません。
イギリスのウォーリック大学とイタリアのナポリ大学による10年間にわたる共同研究(2010)で、世界各国の130万人以上を対象に睡眠時間を調査したところ、1日6時間に満たない人が早死する確率は、6〜8時間の睡眠をとる人に比べて12%も高いという結果が出ました。短い睡眠が、体を蝕んでいたのです。日本人を見てみると、睡眠時間6時間未満の人間が、男性36・1%、女性42・1%も存在しています(厚生労働省「平成29年 国民健康・栄養調査結果の概要」)。
また同じくウォーリック大学の調査(2014)によると、50〜64歳の人では睡眠時間が6時間以下、または8時間以上の人は、記憶力と意思決定能力が低下することがわかりました。50歳を超えると「寝過ぎ」にも注意が必要なのです。
厚生労働省は、健康な睡眠時間は加齢とともに減るとしています(「健康づくりのための睡眠指針2014」)。25歳なら7時間、45歳で6・5時間、65歳で6時間。20年ごとに30分ずつ、減少していきます。大雑把に、「6〜7時間寝ればOK」と考えてください。
良い睡眠を確保するためには、SNSはもってのほか。リラックスできる音楽を聴く。軽くストレッチする。照明を暗くする。こうした心身をリラックスさせる行動を心がけ、逆に仕事やパソコン、スマホなど、体や脳が興奮モードになるようなことを控えれば、きっと睡眠の質は高まるはずです。
『不摂生でも病気にならない人の習慣』
小林弘幸 著
小学館
定価 924 円(本体840 円 + 税)
発売中
文/小林弘幸
順天堂大学医学部教授。スポーツ庁参与。1960年、埼玉県生まれ。87年、順天堂大学医学部卒業。92年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。また、日本で初めて便秘外来を開設した「腸のスペシャリスト」でもある。自律神経の名医が、様々な不摂生に対する「医学的に正しいリカバリー法」を、自身の経験も交えながら解説した『不摂生でも病気にならない人の習慣』(小学館)が好評発売中。