シャンソンを歌い続けて半世紀余り。芝居仕立てのステージを支えるのは、作り置きしている“素”から作る野菜スープだ。

【伊東はじめさんの定番・朝めし自慢】

前列中央から時計回りに、チーズトースト(マヨネーズ・ベーコン・卵・プチトマト・ブロッコリー)、野菜スープ(トマト水煮缶)、ヨーグルト(ブルーベリーシロップ煮・グラノーラ・マヌカハニー・苺)、コーヒー、シークヮーサージュース(オレンジジュース)。チーズトーストは8枚切りの食パンの縁にマヨネーズを塗り、その中央にベーコン、卵、チーズをのせてトーストに。シークヮーサーはオレンジジュースで割り、酸味を和らげる。
午前8時起床、朝食は9時半頃。“男子厨房に入らず”の薩摩隼人で、「食事は奥さんにまかせっきり」と伊東はじめさん。さくら夫人は毬村有沙の筆名で、伊東さんが歌うシャンソンの日本語詞(訳詞)を担当。

2015年11月13日、フランスで起きたパリ同時多発テロ事件。その時、フランス全土の人たちが 手を繋ぎ、犠牲者に捧げた歌がジャック・ブレル(1929~78)の『愛しかない時』であった。
そのブレルを歌い続ける日本のシャンソン歌手がいる。伊東はじめさんである。

「『愛しかない時』は僕のCDでは『この地球(ホシ)の果てまで』というタイトルで収録していますが、ブレルという人は愛や死、また人生における苦闘などを高らかに歌った。ブレルが逝った49歳という年齢を僕はとうに超えたけれど、彼の歌の根底にあった人間愛を、これからも歌で表現していきたい」

CD『ジャック・ブレルの世界』(左 )はブレルの代表作の「この地球(ホシ)の果てまで」や「行かないで」などを収録。
『大人達の広場─あの頃の場所へ』はコンサートライブ盤(問い合わせ:ミュージックワークス 電話:03・5704・3918)。

昭和22年、鹿児島生まれ。小学5年の時、歌唱コンクールで優勝。セルロイド盤のレコードに録音したのが、優勝曲の『旅愁』だった。歌うことを意識した最初である。

高校3年の夏、教育者だった父がピアノを買ってくれた。受験までの3~4か月、猛勉強して東邦音楽大学声楽科に合格。深緑夏代さんに師事してシャンソンを歌い始め、第4・第5回シャンソンコンクールで入賞を果たした。

「シャンソン喫茶『銀巴里』で初めて歌ったのが20歳の時。ブレルの歌に出会ったのもこの頃です」

フランスを訪れる度に買い求めたジャック・ブレルの楽譜資料。伊東さんがブレルを歌い始めた30数年前にはインターネットもなく、ブレルの資料は皆無。これは今も宝物だ。

昭和44年、コロムビアレコードよりプロデビュー。22歳だった。あれから半世紀、シャンソン歌手として、またミュージカル俳優として第一線で活躍し続けてきた。

喉のために刺激物はご法度

「ブレルの作品は、体力がないと歌いきれません」

という伊東さんの健康づくりは、まず歩くこと。自宅から個人スタジオへは徒歩通勤。毎日、往復4kmを7000歩ほどで歩くという。
加えて、ステージでは立ち居振る舞いなど、視覚的要素も大きい。弟子への振り付けや、自らのダンスレッスンでも汗を流す。

平成2年、フランスのアンドレマルロー劇場でリーヌ・ルノーとジョイントコンサートをした時の「サンク・オム」。サンク・オムとは日本の5人のシャンソン歌手によるグループで、伊東さんはそのひとり(左からふたり目)。当時のシラク市長(右から3人目)と。
昨年の『パリ祭』のフィナーレを飾る伊東はじめさん(中央)。昭和53年にソロとして初出場し、毎年、出演を重ねてきたが、58回目の今年はコロナ禍の影響で中止に。

食事は3食摂るが、昼はおにぎりや蕎麦と軽め。朝食には伊東家特製の野菜スープを欠かさない。

「野菜スープの“素(もと)”を4~5日分作り置きし、日替わりでトマト味やカレー味、また牛乳を入れたりポーチドエッグを落としたりします」(さくら夫人)

酒、煙草はやらず、山葵や生姜などの刺激物はご法度。それもこれも喉を労わってのことである。

伊東家特製の野菜スープの素。玉葱やじゃがいも、人参、椎茸の軸などの残り野菜をオリーブ油で炒め、水と玉葱の皮、ブーケガルニ、市販の野菜出汁を加えて柔らかく煮る。
昼食用のおにぎりにもする炊き込みご飯。具は鶏肉や茸、筍、人参、チリメンジャコなどで、夫人がワークショップで作った漆喰のかまどに鉄鍋で炊く。熱源は固形燃料だ。

日本のシャンソン界を元気づけ、確実に後進へと継承したい

深緑夏代さんに師事していた頃、宝塚音楽学校の歌唱指導をする師に同行して、ピアノ伴奏者を務めていた時期がある。20代の頃だ。

「年齢もさほど変わらない鳳蘭さんや麻実れいさんらに囲まれて、キーチェンジをしながら伴奏をするのは大変なこと。本気で伴奏のためのピアノ練習をしました。僕にとって、この経験が大きな宝物になりました」

というのもコンサートライブの傍ら、個人スタジオを中心に都内近郊の13のカルチャー教室で指導に当たっているからだ。

個人スタジオ「ステュディオ モン・マルシェ」で、ピアノ伴奏をしながら生徒の別府たけしさ ん(40歳)を指導する。別府さんは東京大学文学部卒業後、5年前にシャンソンコンクールで 入賞を果たし、今はシャンソン歌手としても活動を開始。伊東さんに師事して2年目だ。

伊東さんが歌うシャンソンは、日本語である。自分自身の感情をのせやすい、生活感のある言葉で表現することで、説得力や伝達力が出てくると思うからだ。その日本語詞(訳詞)の多くは、夫人のさくらさんが手がけている。ふたりの阿吽の呼吸で、無駄も無理もない、自然な日本語が特徴だ。

高英男さんや芦野宏さん、石井好子さんらが活躍した昭和30~40年代、日本のシャンソン界は活気があった。その勢いを取り戻し、ブレルを歌い継いでくれる後進を育てるのが使命である。

昨年、シャンソン協会から殿堂賞を授与された。これは日本のシャンソン界において、長年にわたり第一線で活躍するシャンソン歌手に贈られる賞で、名前が記された記念プレートは日本シャンソン館に永久展示される。

取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆

※この記事は『サライ』本誌2020年8月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。

 

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